11 わらったかお


隣を歩くなまえからは、なんだかいい匂いがする。
甘いような、柔らかいような。
いつもは近くに居るといつも困った顔をしているが、今日はうきうきと招待券を眺めながら歩いている。
昨日の福引きの時も随分とたくさんの表情を見られた。
なかなか嬉しい。
けれど。

「……」
「……」

何かしゃべんねーと……!
嬉しそうに招待券を眺めるなまえを眺めて鼻の下をのばしている場合ではない。
こんなとき、えっーっと、ジェノスがよくわからない雑誌を片手に俺にあーだこーだと言っていて、俺はそれを珍しく気合いを入れて聞いたのだけれど、すっかり頭から抜け落ちてしまっている。
抜ける毛がなくなったと思ったら、ってなんてこと言うんだ。
ふと、雨などまったく降りそうもない空が視界に入って、ああそうだ、と思い出す。

「き、今日はいい天気だな」
「……」
「……? なまえ?」
「え、なんですか?」
「いや、晴れて良かったなって」
「? そうですね」
「ああ」

ああ。
ではない!
元々広げにくい話なだけあって、まったく話は続かなかった。
天気の話題は死んだ。
諦めずに次だ次。
ジェノスは何て言ってたかな。
思い出せないことは忘れて、自分の興味のあることを聞いたほうがいいかも知れない。

「なあ、なまえ」
「はい」
「お前って、どんな男が好きなの?」
「……」
「な、なんだよ! 答えてくれたっていいだろうが! そんな顔するなよ!」

なまえは俺の顔と招待券を交互に見た後に、一つため息を吐いた。
たぶんだが、あの紙切れがなければ答えてもらえなかったのだろう。

「あんまり考えたことがありません」
「え、そうなの?」
「そういうサイタマさんはどうですか? 人に聞くからにはなにかあるのでは?」
「俺? 俺はほら、あれだよ」

ちらりと、なまえを見ると、いつもより近い位置になまえがいてどきりとする。
見上げるなまえは小さくて、俺より大分細い。
ふわふわとした髪に触りたいけれど、触れたら流石に怒るのだろうか。
こいつは結構なお人好しで、なかなかに律儀な性格だけれど、流石に、豪運にまかせて手とか触ったら。怒るのだろうか。
黙っていると、なまえは俺の視線から逃れるように数歩前に出て言う。

「機動力は高い方がいいですかね」
「機動力?」
「好きなタイプの話でしょう。それから、色は白とかシルバーよりは、黒っぽい方がいいですね」
「え」
「武器はブレードか、スナイパーライフルなんかもロマン溢れますよねえ」
「なまえ、それ」

なまえはくるりと振り返った。

「つきましたよ」

好きなロボットのタイプを聞いても参考のしようがないが、機動力ならある方じゃないか?
なんとなくだが、ジェノスのような機械の体ならもう少し興味をもってもらえたのかもしれないと感じた。
なんだか、なまえは少し、ジェノスに弱いような気がする。
俺は頭をかきながら、好きな男のタイプについて聞くのはあきらめて、もう少し誤摩化されにくい、それでも聞いておきたいことを探し始めた。
もちろん、ここぞとばかりになまえを見ることも、隣を歩くことも疎かにはしなかった。
エレベーターは混んでいて、今日一番の密着だった。
なまえは逸る気持ちを押さえきれないようで、相変わらずに招待券を眺めている。
エレベーターを降りると、結構な人で、人の波に流されるかと思ったけれど、なまえは器用にするすると人の合間を縫って、って、はぐれたら多分置いて行かれる、俺も続くが、なまえのようにうまくはいかなかった……。

「いらっしゃいませ」
「これでお願いします」
「はい、二名様ですね。ごゆっくりどうぞ」

男の係員は笑顔でそういうと、俺たちを奥へ通してくれたが、なまえは容赦なく先へ進んで行く。
このイベントは、何かロボットのゲームのイベントだそうで、小規模ではあるが、詳細な設定画が展示されたり、プラモデルが展示されたり。
ゲームの対戦コーナーがあったり、いろいろするらしい。
目玉は等身大のロボットとの撮影コーナーだと言っていたが、俺にはよくわからなかった。
ものすごくメジャー、と言うわけではないが言う程マイナーというわけでもない、そんなゲームらしい。
なまえはあまり詳しくは説明しなかったが、なまえはそのゲームのファンで、ロボットが好きなのだということはよくわかった。
そして俺のことが割と本気でどうでもいいということもわかる。
見ても何一つわからない、まあ多少かっこいいかなとは思うがそれだけだ、彼女と気持ちを共有することはできない。
俺のことをすっかりと忘れて全力で楽しんでいる横顔を見ていると、声をかけることもできない。
と、言うか。何故か他の客と話をして盛り上がっていた。
どこに行っても人気者のようだ。

「……」

道中で、もっとしゃべっておくんだったか。
帰り道はもっとがんばってみよう……。

「あー、やっばいなあ、ここに住みたい」

堪らない、という笑顔のなまえ。

「はははは! ロマン武器万歳!」

ゲームで勝って両腕を上げて喜ぶなまえ。

「プラモデルどうしようかなー。でも買うと5つ目になるからなあ」

物販コーナーでプラモデルの箱を持って悩むなまえ。

「……」

どうしよう。
面白くない。
こんなに蚊帳の外だとは思わなかった。
俺は思わず泣きそうになるが、それでも、なまえはあんな風に笑ったりはしゃいだりするのだ、普段のはやはり線を引かれているとわかって、随分と遠くに居るような気がした。
ここに入ってから一度もこちらを振り返ることがないし。
話しかけられることも当然ないし……。

「ん?」

最後の、等身大のあるロボットの前で、なまえはぴたりと止まる。
このゲームを知らない俺だったが、このロボットだけには見覚えがある。
あの小さなロボットによく似ていて、そうか実物はこんな風なのか。

「サイタマさん」

声は、なまえから発せられた。

「ほら、かっこいいでしょう?」

なまえはこちらを見て、笑っていた。
子供のように、誇らしげに。

「今日は、ありがとうございました。すごく、楽しかったです」

まっすぐにこちらに向けられた笑顔をはじめて見た。

「ああ、俺もだ」

まあ、ほとんど全てが、このロボットのおかげなのだろうが。
なんだか少しまぶしくて目を細める。
帰り道も相変わらず、今度はイベント限定で配られていたカードを眺めていて、やっぱり話しかけられたりすることはなかったんだけれど。
俺も結局、なまえの隣がひどく温かくて、気持ちがよくて、胸がいっぱいだったから、余計なことは言わずに、やっぱりなまえの横顔を眺めてはにやにやしているのだった。



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2016/1/7:適度に放っておいて。
 
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