かまって欲しくて仕方がない(3)


私は、昨夜から朝までで送られてきたメールを見ながら首をかしげた。
ソニックが、私の正面で私と同じように首をかしげてこちらを覗き込みながら言った。

「……なんだ、その顔は」
「いや、なにってこともないけど」
「なんだ」
「……いや」

大した事ではない。
同じ名前が10軒以上見えるが、実害は無い。
連なる名前は、『ジェノス』。
この事態を説明するには、昨日の朝まで話を遡らなければならなかった。

□ □ □

昨日は、そのサイボーグの弟子というのを紹介してもらうついでに、取材もさせてもらおうと、兄、サイタマに会うためZ市、無人街へ向かった。
兄の家に行くと、兄は相変わらずにだらだらと寝ていて、最近住み込みはじめたらしいその弟子は、思ったよりも整った顔をしていて驚いた。
ギャグみたいな顔になる奴は一人で十分ではあるものの、月明かりのような金髪と、女子どころか、思わず男も見惚れそうな鋭い目はとても印象的だった。
思ったよりも年も若くて、私はあからさまに色々聞き出したりするのをやめておいたのだ。地雷を踏んだら可哀想だし、繊細そうだったからしばらくはやめておこうと。
兄の家にいるのならまたいつでも会いにこられる。

「ほら、こいつがジェノスだ」
「ジェノスね、はじめまして」
「……はじめまして」
「で、こっちは双子の妹でなまえな」
「よろしく」
「宜しくお願いします」

だいたいそんな挨拶をして。

「……なまえさんには、髪があるんですね」
「ああ、ハゲは突然変異だから」
「おい……!!!!」

ジェノスは兄さんの妹であると聞いて、ハゲの親族を想像していたようだ。
年相応の反応と発想である気がして、私は思わず見た目よりもふわふわしているジェノスの金髪を雑に撫でた。
良い子そうで安心する。
逆に、兄に良いように使われないかが心配になってきた。
それから私は一応持ってきた土産を取り出し、ジェノスくんに渡しておいた。

「そうだお前、あのあと大丈夫だったのか?」
「あれはただの化け猫だから大丈夫。怪我させられたりすることもないし、何故か言うことも聞いてくれてる。それに並の怪人より強いみたいだからたまに守ってもらったりもしてるよ」
「なんだそうか」

この前の件はそれで終わって、ジェノスは何のことだかわからずきょとんとしていた。
ここまで思い出してもやっぱり、こんなことになる要素はない。
ジェノスはよそ者の私がどうにも気になる様子で、そわそわと落ち着かない風だった。ただでさえ自分の家ではなくて気を張るだろうに、申し訳ないことをしているなと私は横目で気にしながら、兄さんと適当な話を続けていた。
私はケーキを余分にあげたり、時折その動きを観察してサイボーグの動き方というのを目に焼き付けていたりしたが、それだけだ。
そうそう、帰りは駅まで送ってくれたんだった。
その時に、なんで弟子になったのか、と軽い気持ちで聞いてみたら、その質問に答えるのに駅までの道を全部使っていた。
わかったのは、彼の話はやたら長いということだ。
職業上すべて聞いたが、「簡潔にまとめろ」とキレる兄は容易に想像できた。

「……」

首を傾げる。
内容をソニックに見られると面倒かとわざわざトイレに入って中身を見る。
話もながければ一通一通のメールも長い。
例えばこれだ。
件名は、おはようございます、ジェノスです、で。

『おはようございます、本日は無事に帰れましたでしょうか? なにかあったらこちらに連絡を入れて下さい。サイタマ先生に御用の際もスムーズかと思いますので』

これは、駅まで送ってもらって、その後すぐに来たメールだ。
ははあなるほど気の利く良い子だなあと私は思って、これなら私は兄がちゃんと人間らしい生活をしているか気にかける必要も無いなと安心したものだが、安心できないのは、ぱたぱたと移動するスクロールバーがほんの少ししか動いていないことだった。

『お土産ありがとうございました。とてもおいしかったので、もしよろしければ今度買ったお店を教えて下さい』

土産の話。
確かにあれは兄も美味しそうに食べていた。
兄は思ったよりも弟子に大切にされているらしい、もしかしたら、もう、兄が寂しい思いをすることもないのかもしれない。
良かった。

『先生には簡潔にまとめろと怒られてしまいましたが話を最後まで聞いてくださってありがとうございます』

別れ際の話。
ああ、自分でも話が長い自覚があったのか?
それでも話したくなる時もあるだろう、それは別に構わない。
むしろわざわざ謝らせてすまないなと感じる。
なんと返事をしようか、考えながら読み進む。

『もし今度先生のお宅に来られることがあるのなら何かなまえさんの好きなものを作っておきます、差し支えなければ好きな食べ物を教えていただけますか?』

私の好物の話。
ここで、少し首を傾げる。
いや、この程度なら世間話の範疇か。

『練習しておきますので、好みの味付けなどもお願いします』

わざわざ、師匠の親族のためにそんなことをする必要は無いよ。
ジェノスが気を遣いすぎている可能性まで考えた、が。

『なまえさんは、どこに住んでいらっしゃいますか?』
『なまえさんは、ヒーローにはならないのですか?』
『先生と話されていた、化け猫とはなんですか?』

なまえさんの、なまえさんが、なまえさんに。
このあたりから思考を停止する。
しかし、厚意からメールをくれたことを考えて恐る恐る返事を書いた。必要な情報だけ答えたメールだったが、私の嫌な予感は予感ではなく。
ただただ長すぎるメールが定期的に送られてきていた。

「……」

私は悩んだ末に文字を打つ。

『おはよう』

たぶんこれは彼なりの挨拶で、こんなような意味があるのだろう。だから私もきっと挨拶を返せばいいのだ。
うん。そうに違いない。


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20161223:今回のヒロインはサイタマの親族だからそうそう揺れない、はずだ…。
 
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