かまって欲しくて仕方がない(2)


そもそも何故私はこんなでかい猫を飼っているのかという話になると、なかなか説明が難しい。
現状のみを伝えると、ソニックのことは面倒くさくはあるが邪魔ではない、と思って家に置いている、と言った所だろうか。
今だって私が仕事中であると見て、大人しくテレビを見ている。
ただテレビを見ながら、ほんの少しずつこちらにズレてきているのが気になるところだ。
彼と知り合ったのは、一月程前の話になる。
出会い方もなかなかにおかしかったのだ。
この男は私がキッチンで昼食をとった後、戻ってくると部屋に置きっぱなしにしていた原稿を読んでいた。私からしてみれば、知らない間に知らない男が部屋に上がり込んでいたことになる。
まあ原稿を面白いと感じてくれたのだと思う。
気に入ってくれたんだとは思う。
それはいいことだが、問題は彼がフツーの人間とは少し違っていたという点だった。
音速のソニックはその事件以降ちらちらと私の前に現れては帰っていく。
そんな日々が何日か続いた。
そして、ソニックは言ったのだ。

「お前に、飼われてやろう」
「いえ、結構です。ペットとか募集してないし…」
「ついでに、怪人からも守ってやる」
「はあ…?」
「光栄に思っていいぞ」
「……」

不用心に家に入れるんじゃなかったかもしれない。
私は無表情のまま玄関を開けて外を指さして首を傾げる。
お帰りはこちらだが。

「……不満か」
「いや、当然では?」
「……ああ、ここは借り部屋だったか。ならば、部屋代を払ってやる」

どん、とあまり見ないタイプの札束が置かれる。
一瞬意識が飛んだ。

「ちゃんと、パジャマ持ってきた?」

よく覚えていないが私はそんなようなことを言って、玄関の扉を閉めたのだった。
だいたいこんな流れで、私はこの大きな黒猫を飼うことになった。
実際人間だが、彼も彼で飼われるという立場が気に入りらしい、時々とても手触りのいい猫耳をつけている時がある。なぜそんなに体を張っているのか、それはどこで手に入れてきたのか、疑問はあるが、それが私とソニックとの関係を表す全てであった。
故に、既にストーカーとは少し違う。
が、兄とファミレスで遊んでいるところに現れたり、怪人が出ると颯爽と斬りに来たりしているところを見るに、間違いなくストーカーはされている。
家に大人しく待っているタイプのペットではないということだ。

「……」

ぴたり、ととうとうソニックは私と背中合わせに座る。
テレビの位置が遠すぎると思うが、忍者は視力も良いのだろうか。それとも、これはそういう常識を度外視した行為なのだろうか。
横だと、邪魔だと言われることを学習した彼は、最近こうして私の背中を温めている。
気付かないでいると、背中で丸まって眠っていることもある。
完全に犬猫である。
いまいち彼の真意は掴めないまま、私はお茶でも入れようかと低いパソコン机の前から立った。
ソニックも立ち上がってついてくる。

「なまえ」
「ん?」
「サイタマの妹なのか」
「そうだね、双子の」

今更な質問だ。
ソニックは何か言いたげにこちらを見つめる。
兄の弱点は、とかそんな話ならする気もないし、そもそもそんなものは知らない。
兄妹とは言ったものの、そんなに深いつながりはないのだ。ただ、兄妹として当然の交流を時々したり、誕生日を祝ったりするだけで、ヒーロー活動の深いところは知らないし、兄も兄で、私が作家としていくら稼いでどんな話を書いてというのを、すべて把握している訳ではない。

「……なまえ」

そしてやっぱりどうにも、この飼い猫の気持ちは分からない。
おもむろにポケットから黒くてふさふさとした猫耳を取り出して自分の頭に装着した。そのドヤ顔をやめろ。
ともかくこのソニックと言う男、どうやら私にかまって欲しくて仕方が無いらしい。
準備万端と言った様子で仁王立ちして腕を組む。
いや、どうしてそうなる。

「……」

私がさらりと見なかったことにして急須に茶葉をいれ、家電でお湯を沸かす。
するとめげずに今度は私の足元に移動してしゃがんでいた。
高さの問題ではない。
しかし、大人しいうちに欲しいものをあげておくべきだろうかと、私は自分の右手のひらを見つめる。
お湯はまだ湧かない。

「……」

どこからでも来いとこちらを見上げるソニックと、とても綺麗な顔の成人男性(忍、猫耳付き)を見下ろす私。
どうしてこうなったのか?
詳しい説明は私にはできない。
ともかく私は軽率に面倒な猫を引き入れてしまった。
追い返せばいいのだが、一度招いたものを追い返すというのもどうにも責任感の欠如を感じ、いや、だからこの男は猫ではないから放り出したところで大したことでは……。無駄の二文字に尽きる葛藤を時折しては、結局追い出さずに家に置いているのである。
なんだかんだ言って流されやすいのは、あの兄と同じ。自分が如何に普段の生活をどうでもいいと思っているかが垣間見えた。
誰が住もうとあまり問題ではない。
今のところ危害を加えられたり行動を制限されたりしている訳では無いし……ん? ないか? まあ、ああしろこうしろとうるさく言われることは無い。

「……」

私は自分の右手手のひらを眺める。
普段はパソコンに向かって黙々と文字を打っている。
とても綺麗、とは行かないが我ながら指も細くて色も白いほうだと思っている。
が、残念ながらこのペットの方が数段綺麗な手をしているので、やっぱり分からない。
わからないことは考えても無駄だと、いつも数秒で考えるのをやめる。ソニックにしかわからないツボがあるのか、私には知りえない目的があるのだろう。
どうでも良いことだ。
こんな世界じゃ、目に見えるもの全てを怖がっていたら面倒くさくて仕方が無い。

「おい」

催促するソニックを見下ろして、す、と手を伸ばした。
お茶を啜りながらつむじの当たりを指で押すと、不満そうに見上げてくる。

「……」

少し面白いなと眺めていると、ソニックはするりと頭をよけて、私の人差し指に噛み付いた。
刺すような痛みはないがあてられた歯が少し痛い。

「いたいんだけど…」

文句は聞き届けられない。彼は夢中で私の指を甘噛みしては、ちらちらとこちらを見上げてくる。
すぐ引き抜いてもどこかへ引っかかったりしそうだと大人しくかまれていると、そのうち調子に乗ったソニックにべろりと舐められた。
嫌に頬を赤くして舐めるものだからつい、半分ほど中身の減ったカップで頭を殴る。
緩んだ隙に手を抜いて、もう一度台所へ行って洗う。
ソニックは殴られたというのににやにやとして小さくなっていた。あまり健全とは言えない笑顔の理由は考えてない。考えてはいけない。少し寒気がするが、私は気付かないふりをした。
仕事に戻ると、いつの間にか私の後ろで寝ていて、私が動き出すと一緒に起きてくるのだった。


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20161214:次からジェノスくん…
 
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