peace or peace(4)


もとより、なまえは集中すると周りが見えなくなるタイプの人間であった。
ソニックはいつものごとく不法侵入をすると、こちらに気付きもせずにパソコンのディスプレイに向かうなまえを見つける。
仕事中らしい。
彼女はフリーのシナリオライターとして生計を立てていて、確かはじめて見かけた時も同じ顔をしてノートパソコンを見つめていた。
元々入り込むと何時間も帰ってこずに、こちらが心配になるくらいに集中している。
こうなっている時に邪魔をすると、一切の口を聞いてもらえないどころか、怒鳴り散らすでもなくただぼろぼろと涙を流して泣くのである。
張り詰めた空気が解ける時を待ってちょっかいを出しているのだが、一昨日の朝方、昨日の夕方、そして本日深夜。ぶっ通し、ということはないだろうが、ソニックが家に寄ったタイミングではずっとパソコンと向き合っていた。
勝手に茶を淹れると、遠くからそっと横顔を見つめる。
こんな時でしか、なまえの楽しそうな顔を見ることは叶わない彼にとって、この時間はこの時間で貴重であると言えた。
何せなまえは相手がソニックであるとわかるや否や嫌悪感を全面に押し出した対応をする。

「……」

真剣そのものだ。

「……」

ふと、持っているカップに視線を落とす。
コーヒーでも淹れてやるべきだろうか。
それとも何か夜食を作る、べきだろうか。
口にするかどうかは別にしても、彼女はきっとその行動に心を揺らすだろう。
良い方に転がることはないだろうが、それでも、なにもないよりは、なにかしらの気持ちが伝わるのかもしれない。
否、きっと気持ちは伝わっているのだろうが、おそらく彼女は見ないふりをしている。見えないことにしている。そのくらいの予想は、ソニックにもできていた。
だからきっと、意味など生まれない。
キッチンに立って、食器棚を開ける。隅の方に紅茶とコーヒー、そして緑茶がストックされていて、どれにするべきか少し迷う。
だが、仕事をしている時はコーヒーだったはず。
コーヒーの箱を手に持つと、声。

「うわ」

まるで部屋の隅に害虫でも見つけたかのような声であったが。
それは間違いなくソニックに向けられた言葉だ。

「うわ、とはなんだ」
「…………どいて」

近くに来たなまえの声は少し掠れていて、また水分もとらずに没頭していたらしい。
冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出してコップ一杯を飲み干した。
確かに、ろくに水分をとっていないなら水であろうし、食べていないならコーヒーは少し胃に悪いかもしれなかった。
観察していろんなことを知っているつもりだが、まだまだだ。
ソニックはそっとコーヒーの箱を棚に戻した。
なまえはパソコンの前に戻っていく。

「まだ続ける気か?」
「……」
「少し休んだらどうだ」
「変なのが家に居るから、無理」
「なまえ」
「う、」

うるさい。
ソニックの言うことにおとなしく従う気はない。
加えて、機嫌を取ろうなどと微塵も考えない態度はとりあえず敵意はないのだと思われているからなのか、ただ死に急いでいるだけなのか。
無理矢理に口を塞ぐと、もう少し水を流し込む。
あまり長いことやっていても反撃を食らう為、割合にすぐに口を離すが、うまく行かず気管に入れてしまったようだ。
盛大にむせている。

「ごほっ、ぐ、おま、え……!」

口の端から水が垂れて、床に落ちる。
苦しいらしく、涙目になっている。
ずくり、とソニックは体が疼くのを感じていた。

「……すまない」

そっと、荒く動くその小さな背を撫でようと手を伸ばす。
しかし、その手がなまえに触れる事はなく。

「あ、やまるくらいなら、はじめからするなっ!」

ごほごほ、とまだやっている。
ソニックの手を振り払った力も弱い。
ろくに食事もとっていないのだろう、こうして見ると少し細くなっている。

「なにか食いたいものはないのか」
「ない」
「眠くは」
「進行方向に立ちふさがるの、やめて」
「そうか」

話が通じていないと感じたなまえはただ面倒くさそうな顔をした。

「はあ」

諦めたようにため息を一つ。
なまえにとって最悪な結果とは、ここで粘られて、果ては料理を作るとか買ってくるとか言われることであった。
冷蔵庫を漁り、冷凍の米とインスタントの味噌汁。卵を取り出して調理を始める。
調理とも言えないような作業であったが、あっという間に味噌汁と卵焼き、白米と言う質素な食事が出来上がった。
それを手早く食べると、その後さっとシャワーまで浴びてきて、そのままここの電気を落とした。
ソニックは完全にいないものとして扱われているが、その様子を見て少し安心する。

「まだいたの」
「当然だろう、少し寄れ」

ベッドに沈んで携帯の画面を見ているなまえ。
このまま帰れば、睡眠は取らないかもしれないなとソニックは思う。
少し寄れといったのは、自分も同じベッドに入る為であるが、なまえは起き上がって部屋から出ようとする。
ソニックがそれを許すはずもなく、ぱし、となまえの腕を掴んだ。

「……」

振り払おうと手を振るが、力が弱まることは無い。

「来い」
「…………………」

来ることは無い。
ならば無理やり引き寄せるだけだ。
抱き寄せればやはり細くなっているし、抵抗をするのにも疲れた様子であった。

「いい子だ」

ただ、その顔はやはり、嫌悪感といらだちとに歪められているのだった。
それもまた、自分がここにいる確かな証明になる。
ぞくりと、身体の奥から何かが湧き上がって。
さらに薄くなった肌に掌を這わせた。


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20160824:まあなにしても好感度は上がりも下がりもしないことを知ってる
 
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