peace or peace(3)


ある日、なまえは、黒い忍者と知り合った。

「貴方は何をしている人なの?」
「ふ、俺は最速最強の忍者、音速のソニックだ」

その自信満々の名乗りの言葉たちに、「最速は音速なのか」とツッコミを入れなかったことを覚えていた。

「じゃあまあ、なんだろ、強いんだ」
「当然だ。暗殺から用心棒までなんでも請け負っている。お前も何かあるか?」
「ないね、平和に生きてるもんだから」
「ああ。お前みたいなやつにはそれがお似合いだ」

ソニックが安心したように笑ったことも彼女は覚えていた。
だから、その光景を見た時に、なまえはただ、「そうか」とだけ思ったのだ。
こんなこともある。
目の前にいたのは殺しをなんとも思わない人間で、危ない奴だった。
自分が殺されないとは言いきれない。
自分の家族が、殺されないとは、言いきれない。

「君がやったの?」
「……それ以外に見えるのか?」

ソニックが、なまえを確認するなり少し驚いたように目を見開いたけれど、なまえは静かにその場に崩れ落ちて、たった一言。

「そう……」

なまえは、自分も死ぬものと思っていた。
ちょっと本屋に出掛けて帰ってきたら、家からは何の音もせず、ただリビングだけが赤に染まっていた。
その中で佇む男は、つい最近知り合った忍者。

「現実を受け止めて大泣きする前に、殺してくれないかな」
「……お前は殺さない、そういう依頼だ」
「……」
「来い」

殺してくれれば良かったのに。
なまえはソニックの言葉に答えることは無く、このあと自分はきっと死ぬよりひどい目に合うだろうなと考えた。感情と、ついでに体がうまく動かない。
拉致、人身売買、奴隷?
日本じゃあまり聞かないが、きっと裏の世界ではない話ではないのだろう。
誰が恨みを買ったのか、とか、誰がこんなことを頼んだのか、とか。
そんなことは、この際どうだって構わない。
生き残ってしまった。
それだけが事実。
連れてこられたのは、どこかの街の、小さな事務所。
その奥には、今となっては、何人人が居たのかを知る術はない。
顔もよく見ていなかったから、なまえにはそこがどういう場所で、果たしてどういう人たちに迎えられたのか、よくわかっていなかった。
女の人は居なかったと思う。
一人の男が、声を発する。

「そうかあ、お前があいつの、」

ー、赤。

「え?」

その声は、誰のものだったのかわからない。
ただ、その声が最後だった。
ふわり、と、なまえの傍らに人の気配が降り立って、なまえはゆっくりと周囲を見る。
人間だったものが転がっている。
誰がやったかは、考えるまでもない。

「……」
「……」

そして沈黙。
なまえは、今度こそ死ぬかななどと考えていたけれど、いつまで経っても、同じ世界が広がっている。
赤色。
またこの色だ。
なまえには、傷一つない。

「…………どうして?」
「…………何故だと思う」

問いかければ、ソニックが応えた。

「聞いたら、それがどんな言葉だったとしても、私は君を殺したくなる」

から、いい。
なまえの言葉はそう続くはずだったのだが、続く事はなく。
冷えてしまった唇に、やけに熱いソニックの唇が押し付けられた。
口を離して、なにかを言うべく開こうとした唇に、なまえは拳を叩き込む。
避けもしないことは、この時気にしていなかった。
なまえを見つめるソニックの目が、どういうものかくらいはわかる。

「なまえ」

呼ばれる名前が、ひどく優しい響きである。
なまえは、ただ黒い感情が湧き上がるのを感じていた。
なまえにとって、少し前までこの忍者は友人であった。
少し変わった、ただの友人だった。
しかしついさっき、その友人に家族を惨殺されたことにより憎むべき対象に変わった。
当然だ。
そこから、生きる気力なんて当分湧きそうになかったなまえを知らない場所へ連れてきて、挙句、おそらく依頼人であったその人間達さえも殺してしまった。
残されたのはなまえ。
ソニックはなまえに危害を加える気はないらしい。
助けられた、とも取れるこの状況。

「あと1人、残ってるよ」

冗談であってくれればいいと願っていた。
あのままさっさっと、報酬でも何でも受け取って帰ってくれたのなら、なまえにとってソニックと言う友人は、仕事に忠実に生きていて、弱かった自分たちが殺されたのは当然だと思うことが出来たのに。
助けられれてしまっては。
それも、自分1人が生き残ってしまっては、もうどうにもならない。
さらに最悪なことに、ソニックはどれだけなまえが暴れても、そっと近づいて来て言うのである。

「好きだ」

小さくなって、耳を塞いだ。

「やめて……」

ソニックは言う。

「」

聞きたくない。


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20160815:行き場のない潔さ
 
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