10 デートの約束


今日は先生とお一人様一本限定で安くなっている牛乳を買いに行くために家を出た。
いざついてみれば、いつものスーパーが、なんだかいつもよりにぎわっている。
特に気にすることもなく目当てのものと必要なものを買いそろえてレジへ行く。今日の夕飯はカレーだ。
カレーはともかく、会計を済ませると、店員は嬉々としてレシートと、それから別の紙を渡して来た。
手作り感満載のそれは、すこしいびつに切られていて、何故かばらばらなフォントでふくびき券! と書かれていた。
店が混んでいたのは牛乳の力かと思ったが、そうでもないようだ。
どうやら今日は福引きを行っているらしい、千円以上の買い物で一回引ける。
先生はしげしげと一枚の券を眺めている。

「三等がトイレットペーパー80個、二等がレトルトカレー31食詰め合わせ、一等が三万円分の商品券だそうです。結構豪華ですね、先生」

ただのスーパーにしてはがんばった方じゃないだろうか。
買ったものを袋につめながら、貼られていたポスターをみながら言うが返事がない。
どうしたのだろうか。

「先生?」

振り返れば、先生はふくびき券を眺めるのをやめて、ぼうっと、ある一点を見つめている。
福引きは駐輪場のあたりで行われていて、この位置からだと丁度店員の後ろ姿と、群がる人たちが見えている。
―ああ。
先生がそれの人だかりに夢中な理由はすぐにわかる。
ひとごみの中心に、なまえさんを見つけた。

「先生、あそこにいるのは」
「…………」

流石は先生、俺よりも先になまえさんの姿を見つけて、食い入るように観察している。
それもそのはず、なまえさんはいつもの無表情を崩して、瞳をキラキラと輝かせている。なにか目当てのものでもあるのだろうか。
そんな楽しそうななまえさんを、正面から見られるのは新鮮で、その姿は俺や先生にとってかなりレアリティの高いものである。

「俺たちもやってくか。福引き」
「はい!」

袋を持って外へ出ると、丁度なまえさんがくじをひくところだった。
ガラガラとまわすタイプのくじで、これまた珍しくなまえさんは緊張の面持ちだ。
ここぞとばかりに近寄って結果を見守っていると、出て来たのは黄色い玉。
なまえさんはば、と店員を見るが、店員も同じように玉の色を確認していて、少しだけ遅れてなまえさんと店員は目を合わせると、からあんからあんとベルの音が響く。

「え、な、こ、これ、なんですか? 何等!!?」
「おめでとうございまーーーす! 二等のレトルトカレー31食詰め合わせでーーーす! おめでとーーーーー!!!」
「あ、カレーね。黄色だけに……。や、ヤッターウレシイナー毎日カレーダー」
「はーい、どうぞ!」

どうやら目当てのものは当たらなかったようだが、それでも周囲の目やにぎやかしている店員のことを思ってか、なまえさんは両手を上げて喜んでみせた。
31食のレトルトカレーが入っているとみられる段ボールを渡されると、その場から離れようと歩き出したなまえさんが、ようやくこちらに気がついた。
隣で先生が強張る音がした。

「こんにちは。なまえさん」
「よ、よお、なまえ」
「こんにちは……」
「元気だせよ……」
「元気ですよ……」

なまえさんはわかりやすく肩を落として落ち込んでいる。

「なにか目当てのものがあったんですか?」
「ああ、うん、まあ。カレーも悪くないけどね……」
「俺たちもいまから引きに行くところなんです」
「うん。あ、カレーいる? さっきそこで拾った」
「それはなまえさんの家にお邪魔してもいいということですか?」
「カレーを持って帰って頂きたいということです」
「重かったら家まで送りますよ」
「郵送で? 着払いでいいよ」
「なまえさん。その送るではありません。送り狼の送るです」
「ああ、その送るね」

なまえさんの冗談を冗談で返したつもりが、なまえさんは思ったよりもダメージを受けていて、ここまで話しをしていて表情の変化がないせいで本気で言っているのか冗談なのかわからなくなった。
まだまだなまえさんを理解するには修行が足らないようだ。
これでは華麗に先生の恋路をサポートできる日は遠いように思えた。
先生はまた固まってしまっているのだろうか。
ちらり、と隣を見るが、先生の影はなく、どこへいったのかと視線を彷徨わせていると、一瞬、しん、と周りから音が消えた。
ぴたり、とまるで時が止まったかのような一瞬の、その、あと。

「わああああああーーーー!! 出ました―――!! 特賞ーーーーーーー!!!!」

からあんからあんからあん。
なまえさんのときよりも盛大に鳴らされる。
その中心に居るのは、我らがサイタマ先生であった。

「え、当たり? マジで? 3万円くれんの?」
「いやいや! 違いますよお兄さん! 特賞だからこっち! はい! 楽しんで来てね!!」

一等ではなく更に上の特賞を引き当てたらしい。
流石先生。
運さえも先生に味方している。
俺は駆け寄り、先生が受け取った封筒の中身について訪ねる。

「なにがもらえたんですか?」
「なんだろうな、ぶっちゃけ3万のほうがよかったような……って、うわ。なまえなにしてんだよ」
「なまえさん!?」

なまえさんは今まで見たことがないくらいに真剣な眼差しでこちらを見ていた。
何故か道路に正座。
傍らのカレーがひどく存在感を放っている。
なまえさんは、そのまますう、とゆっくり頭を下げた。

「お願いがあります、サイタマさん」
「え、お、おう」
「交換して下さい」
「へ?」
「その紙切れと、このカレー31食入り段ボールを、交換して下さい」
「いや、あの、とりあえず、頭を」
「お願いします、後生です」

先生はちらりとこちらを見た。
その間に俺は先生が握っている紙切れを盗み見ると、どうやらそれは何か限定の展示会への招待状のようだった。
なにかゲームのタイトルのようだが、俺にはわからなかった。
が。
重要なのはそこではない。
そこではないのだ。
その招待状にはペア招待券と書いてある。
これだ!

「お願いします、お願いします、お願いします……」

相当これが欲しかったのかなまえさんは我を忘れている。
これはチャンスだ。
俺は先生に耳打ちすると、先生はおお、と少しだけ目を開いてから、なまえさんの前にしゃがんだ。
そして、一言。

「一緒に行こうぜ」

その一言で我に返ったなまえさんははっと顔を上げるが、たっぷり一分ほど頭をかかえたり、唸ったり、カレーを見つめたりしたあとに。

「よろしくお願いします」

と言った。



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2016/1/6:次はサイタマさんとデートやでえ。
 
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