peace or peace(1)


目覚めは最悪であった。
頭は痛むし、涙を流している。
なまえはどうにか起き上がるが、更に最悪なことにこの家の住人ではない人間が隣で寝ていることに気付く。
ベットから蹴り落としてやりたい衝動しか生まれないが、以前一度やってみた時、返り討ちにあい足の骨にヒビを入れられたため、やめておく。
子供のような寝顔で眠っているがこれは音速のソニックとか言う、ふざけた名前の忍者である。
意識のない時に殺しにかかるのは危ない。
そうなれば、なまえにもう成す術はないのであった。
黙って、嫌悪感しかない視線を落とした後にベッドから出る。
出ようとした。
出られなかったのは、ぎり、と骨が軋むような強さで腕をつかまれたからであった。

「死ね」
「なるほど、悪くない朝だな」

意味がわからなかった。
ふ、と楽しげに笑う忍者をよそに、その手を振り払おうとする。
ピクリとも動かない。

「……ひどい顔をしているが、どうした?」
「……」
「なまえ」
「離せ。お前と話すことなんかない」
「会えなくて寂しかったのは俺も同じだ。だからこうして会いに来てやっただろう? もう少し嬉しそうにしたらどうだ」

何もかも違う。
ツッコミが追いつかないし、頭を回す気も起きない。
口を挟むだけ無駄だ。この男はわかってやっている。
異なる二つの思考は決して曲がる事はなくて、つまり交わることもない。
なまえの言い分に合わせるのも、ソニックの言い分に合わせるのもどちらも無駄。ソニックは自分の言葉をただ並べているにすぎない。
この問答に意味などないし、意義など見つけてはいけない。
ほとんど生活用品しかない寝室。
そこに、生気のないような顔をした女と、道化のような忍者が1人。

「……泣いていたのか?」

泣いてなどいないし、泣いていたのだとしたら夢のせいだ。
なまえは気遣うような言葉に胃のあたりがきりきりと痛むのを感じる。
これ以上その気持ちの悪い視線と言葉を向けられたら、きっと吐いてしまうだろう。
こみ上げる嘔吐感をどうにか押さえ込んで、声を。

「離すか死ぬか、どっちかにしてくれる……」
「ならば、殺してみたらどうだ」

手はつかまれたまま。
しかし空いている方の手で、1本のクナイを渡してくる。
何の熱もこもらない。
何も無い部屋に二人で居ても何の色にもなりはしない。
殺伐とした空気がすうっと流れて。
なまえはそれを受け取った。
静かにソニックの喉元へ。
彼は微動だにしない。
なまえも、表情一つ変わらない。
このままこのクナイを引けば広がるのはあの赤色。

「……」

こんな茶番には付き合うのも面倒だ。
そっとクナイを放り投げて、変わりにその顔にストレートを炸裂させる。
その隙に緩んだ手を振り払って、なまえはソニックの拘束から逃れた。

「は、おとなしく殺されてやっても良かったんだがな」
「……」

要求を聞いてもらえれば話すことは無い。
無言で部屋を出る。
そして見えなくなったところで、ぎり、と奥歯を噛んでどこにも行けない気持ちを口の中で殺そうと試みる。
無駄なことだが、何もしないではいられなかった。
「殺されてもいい」それはきっと本心だったのだろう。
おとなしく殴られて、笑っている。
イライラするし、殴った手がどうにも痛む。
罪悪感ではない。
これは敗北感だ。
ただいらついて、ただ悔しくて、ただ気持ちが悪くて不愉快で。
こういうところが、本当にむかつく。
彼女はただ嫌悪感だけを表していた。

「殺して欲しいのは、こっちだ……」

いっそ殺してくれたなら、みんなと一緒にここではないところへ行ったなら、どれだけ幸せだっただろう。
殴ったら、暴言を吐き続けたら。
怒って、怒りに任せて、自分はきっとそのうち殺されるだろうと思っていた。
理解してはいけない。
そのまま洗面所で水をかぶって頭を冷やす。
殺されない理由、殴られない理由、ひどい事を言われない理由、あの忍者の吐く言葉の意味、真意、あれも人間であること。それらすべてを、考えてはいけない。
思考から徹底的に排除する。
水をかぶりながら、目を閉じて、ゆっくりと息をする。

「大丈夫。私は絶対に、大丈夫」

顔を上げて、鏡を見る。
思ったよりもひどい顔ではないと感じた。

「……うん」

きっとリビングに戻ったら、また顔を合わせなきゃいけないのだろう。
夢の映像はまだ鮮明。
赤色が脳裏をちらついている。
仕事もある。
助けてくれる人は、1人も、いない。


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20160806:この話は裏とか入れたいなあと、今のところは考えてますね……。
 
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