25 end


「よかったな」

サイタマさんは笑ってくれて。

「ああ!?」

バッドくんはどうやら機嫌が悪いらしかった。
最近は少しよそよそしいような。
それでも時々一緒にお昼を食べたり、ヒーロー活動をしたりする。
親友であると思っていたが、無免ライダーさんと付き合うようになったのだから以前のは少し頻繁すぎる気もする。
もしかしたら、彼なりに気を遣ってくれているのかもしれなかった。
だとするならばありがたいことだ。

「あ、なまえだー」
「こんばんはー」
「写真撮ろ!」
「ん」

さっとポーズを決めたりする。
街に私の知らない私を知っている人が増えた日常にも大分慣れた。
サインもスラスラ書けるようになったし、握手の流れもスムーズだ。
ただ、今日はひとつ荷物が多い。
紙袋がぐしゃぐしゃになってしまわないように気を付けて、ぽこぽこと歩いていく。
ふと、すぐ横の銀行から怪人が飛び出した。

「きゃー、怪人ー!!」

強盗のようだ。
それにしたってこの怪人も運がない。
私の目の前に出てきたら、それはこうなる。

「あ、あれ? あ、なまえ!」

ひらひらと手を振ってそのまま歩き続ける。
あいかわず勝ち名乗りをしたりはしない。やはり個人を相手にポーズをとるのは良くても、大勢を相手に得意気になにか言うのは苦手だ。
何を言うべきか迷うくらいなら、無言でいいような気がしてきた。
悲鳴を聞きつけて、だろうか、自転車を立ちこぎしながら目の前の角から現れた、その人のことを私はよく知っている。
否、理解したいと願っている。

「そこまでだ、怪人! ……あれ? そうか。よかった、怪我人はいないようだな! 君も大丈夫かい?」

無免ライダーはそんなことを私に言う。
怪人をこんなにして、返り血を浴びてしまってる女子高生に対してそんな言葉。
嬉しくて泣きそうだ。
いつもいつも、なんだか暖かくて涙が出そうになる。
「んん」と耐えるように手で目のあたりを押さえるといつもと違う荷物ががさりと音を立てた。
あ、紙袋。

「……せっかく綺麗な状態で持ってきたのに」
「ん?」

いや、外側はいい。
最悪中身が無事なら何だって。
がさり、と紙袋の中身をのぞくと、中までは赤くなっていなかった。セーフ。

「なまえさん、そんな血まみれじゃ気持ち悪いだろう? 僕の家に寄っていってくれ」
「あ、その、今、向かってるところだったので、是非」
「本当かい? 実は僕も会えないかと思っていたんだ」

ああもう、すき。
とかは、こんな風に制服を血に濡らした女子には似合わない言葉だけど。
し、正直気持ち悪いんじゃないかって感じだが、それでも今は、私もヒーローだから。そんなことよりもみんなが無事なら何より、だ。

「何か冷たいものでも買って帰ろうか」
「私、シャアかってくらい赤いですけど……、これでコンビニはきっと通報されますよ……」

持っている紙袋すら赤い。
我ながらひどい格好だ。自分だってこんなにひどいと思うんだから、傍から見たら相当ひどいだろうと思うのに、この人は気にした様子を全く見せず。
本当は気になっているかもしれない。
やっぱりまだまだだ、私は。
血を浴びて心配されているようではいけない。とは言うが、もしかしたら、この人は私が服にホコリ一つつけていなくとも、大丈夫か、なんて言ってくれるのだろう。
思わずどうにもならない気持ちになる。
走り回りたいような。
体が勝手に動き出しそうな。
ただ嬉しい気持ち。
想像でこれだけ嬉しいんだから、実際してくれたりしたらきっと私は死ぬのだろう。
彼は罪なヒーローだ。
そんなことを思っていると、無免ライダーさんは愉快そうに笑い出す。
うーん、嬉しい。

「ははは、やっぱり知らなかったか。なまえさん、最近その姿名物になってるよ。ネットに写真もよくあがってる」

それは嬉しい事実ではない。

「な、なぜそんなことに……、おかしいですね、返り血を浴びるなんてそんなことあんまりないはずで、私にしたらそれは上手くいってない時であって、さっきも突然目の前に出てきたからうっかりだったんですが……」

思わず頭を抱える。

「真っ赤ななまえさんを見ると、やる気がアップするんだとか……」
「それ多分私じゃなくてもいいやつですよ……」

なら青かったらダイエットに成功するとかそういうのになるのだろうか。
ちっとも面白くない……。もう抱える頭はないから、ため息を吐くしかない。
けれど、無免ライダーさんは笑っている。
それだけが救いだ。

「まあそれは置いておいて……、どうする? アイスは今度にしようか?」

アイス。
アイスは。

「アイスは食べたいです」

その言葉に、また笑ってくれたから。
もう赤だろうが緑だろうが好きな色で適当な都市伝説を作ればいい。
この人が笑ってくれるなら、私はどんなヒーローにもなれる。

「なら行こうか」
「はい!」

歩き出す。
血まみれの女子高生の笑顔はひどいものだろうが、それでも。

「なまえさん、手を」
「え、いや、血が」
「そんなの、構わないよ。ああ、もしかして、」

C級ヒーローと噂になったら迷惑かな、そんなことを言い出しかねない流れであった。
私は慌てて無免ライダーさんの手を掴む。

「じゃあ遠慮なく!」

私の挙動が面白かったのか、血まみれの手の感覚があまりにもありえないのか、それとも私と同じ気持ちでいてくれているのか、さっぱりわからないけれど、柔らかく、それはもう楽しそうに幸せそうに笑うものだから。
私も血まみれだとか高校生だとかヒーローだということをすっかり忘れて笑っていた。

「やっぱり、大好きです」

2人とも真っ赤なら、きっともっと面白い。

「ところで今日は、ちょっとした差し入れを持ってきていて……」

がさり、とこれまた真っ赤な紙袋を見せながら。

「クッキーを焼いたんです、良かったら、」

あなたを守れる人に、あなたをもっと、ちゃんと愛せる人になるために。
あなたに、また笑って欲しいから。

「……ありがとう」

3秒後に、極上の笑顔をください。


End


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20160805:すいません遅くなりました。
あとがき的なものは今のところは考えてません。気が向いたら日記に書くやも知れません。
ここまで読んでくださってありがとうございました!
応援のお言葉など本当に嬉しかったです!
よろしければまた宜しく御願いいたします!
 
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