24 ほんとうのこと


なんっだこれ。

「痛まないかい?」
「や、あの、すみま、せ、ん」
「えーっと、僕のことじゃなくて」
「あ、そう、ですよね、大丈夫、大丈夫です。すみません、ありがとうございます……」
「なに、このくらいさせてくれ。これを逃したら僕は君の役に立つことは一生ないかもしれないしね」
「そ、」

そんなばかな。
必死になって否定しようとしたら、「冗談だよ」と笑われてしまった。
触れている部分から、すべて読み取られてしまっているのだろうか。
私は今、無免ライダーさんに、まあ、なに? おんぶされているっていうか、そういう状況だった。
何故こんなことになったのかと言えば、やたらと大きい怪人の後片付けをしているとき、崩れてきた瓦礫を避けられなかったのである。
……。
というのは少し間違っていて、避けられなかった、というよりは避けきれなかった、という方が正しい。犬と子供が瓦礫に飲み込まれそうになっていて、慌てていたら思わず体全部が先に動いていた。子供と犬に怪我はなかったが、私は見事にスピードが足らずに瓦礫にやられた。
師匠にしばらく会わないようにしなければ。「誰にやられた? お前に傷をつけるとはなかなか、なに? 瓦礫? そんなに強い瓦礫があるのか。そいつは今どこにある? は? 崩れてきた瓦礫だと? お前はバカか? そんなものにぶつかるとは体力作りからやり直してこいこのゴミが」と師匠はそんなことを言うに決まっている。
まあ、あの人はそんなことを言いながらも乱暴に的確な処置をしてくれるけれど、あんな具合ではあの人と結婚する人とか大変そうだ。ん? そういえば時折手作りっぽい弁当を持っていたような気がしなくもなくも……、まあそんなことはどうでもいい。
と、師匠のわかりずらさを引き合いに出すことにより、私はまた無免ライダーさんの素晴らしさに打ちのめされることになる。
瓦礫にやられたと思うのはやめよう。
総合的に見て、今日は間違いなく無免ライダーさんにやられている。やられっぱなしだ。が、こちらもやはり師匠には言えない。

「本当に、すみません」
「ははは、大丈夫! それより君の家はこっちであってるかい?」
「あ、はい、あってます、ほんとに、ありがとうございます、申し訳ない……」

にしたって。
これはただただ心臓に悪い。
確かに、一人で歩こうと思うと大変だけれど、救急車を呼ぶほどでもない。自分で処置もした。無免ライダーさんはこんな私を放っておかない。
さっきから何度も、「重かったら置いていってもらってもいい」という言葉を飲み込んでいる。なんというか、言えない。
いや、この状況がおいしいからとかそういうのではなくて、この人はきっと置いていったりしないとわかっているから、できる限り感謝の言葉で表して、そんな態度ができたらいいのだけれど、自分のかわいくなさが憎い。なんか違う。多分普通の女子高生ってもっとこう、なんだろう、純粋に喜んだりお礼を言ったり、うーん。

「なまえさん? ここかな」
「え、あ、そうです、この家、えーと、一回降ろしてもら」

がちゃ、
インターホンはまだ鳴らしていない。
扉から出てきたのは、弟であった。

「あ、やあ、君のお姉さんなんだけど」
「……」

弟は黙ったままくるりと踵を返し、家の中で叫ぶ。

「母さん、無免ライダーと姉さん」
「なにそれ?」
「いいから出て。それ炒めとくから。あとちょっと量足しとく」
「ええ? まあいいけど」

おい、よせ、よせ、そんな、「晩御飯を食べていってください」って言う準備を進めるのはやめろ。
何故まともに挨拶もできなかったくせにそういういらないところで気を回す、どうしてそういうことはできるくせに、ああもう、なんてやつだ。

「あら!?」
「こ、こんにちは。あの」
「あーらあらあら! すいませんねえ、うちの娘がとうとうバカやりましたか!? 生きてる? なまえ」
「生き」
「あ、どうぞあがって、お茶でも飲んでってください、娘の部屋は階段を上がって右奥ですから!」

娘の生存確認もほどほどに、彼女らは無免ライダーさんの存在に興味津々らしい。私が彼のファンであることはもちろん知っているが、何故そんな、はじめて家に恋人をつれてきたみたいな妙な歓迎の仕方をする? 引かれたら次からどんな顔してこの人に会えば……、ってそういえば告白もしちゃってるんだったもうすでに次に会ったときにするべき顔には困っている。これ以上困ることを上乗せするのはやめてく、ん? あ、やばい、部屋? 私の? あ、待って待って待って。

「あの、ちょ」
「すみません、じゃあ、お邪魔します」
「どうぞどうそ! ゆっくりしていってね!」
「ありがとうございます」

あ、礼儀正しい、好き。
じゃなくて!
じゃなくてええええ!
玄関で、にやにやとこちらを観察している母の顔が目に浮かぶ、私はといえばどうにかこの状況を打破する手段を考えているのだけれど、良い言葉は一つとして浮かばない。
一人で勝手にテンパっていると、無免ライダーさんはこそりと言った。

「なんだかごめんね」
「え、?」
「ほら、僕まで家に上げてもらって」
「ああ、いや、そんな、こんな家でよければ、いつでもいらしてほしいくらいなんですけど」
「はは、本当かい?」
「ん、え、あ、う、はい。ほんとう」
「あ、この部屋だよね」

あ。

「!」
「っ、あ、いや、あの、これはええ、っと、ああー、いや、違う、違うんです、あ、違わない、違わないんですけど」

部屋には、クレーンゲームでとってもらったフィギュアとか、ポスターが一枚。
誰のって。
無免ライダーさんので。
無免ライダーさんは、私をおぶってくれているから、現在進行形でこの部屋を見られているわけで。
いや、壁全部に写真とかっていうわけじゃない。
ただ、この、部屋をみたら、誰が見たって無免ライダーさんのファンであり、また彼が好きなのだということが、わか、って、しま、いや、もう、知っているんだけど、そういうことじゃなくて、な、なんだ、これは、絶対恥ずかしいから阻止しようと思ったけれど、これは想像以上だ。おかしい。
あ、やばい、どうしよう。手が、震えてきた。
無免ライダーさんの様子を盗み見ることすらできない。

「ふふ、えっと、僕が入ってもいいのかな?」
「アッ、ハイ……、」
「ベッドに下ろすけれど、いいかい?」

あれ。
もしかして、思ったよりも引かれていないのだろうか。
それどころか、少し、笑っているような。
私は無免ライダーさんの背中から降りて、座り慣れたベッドに座る。
足は、もうあまり痛まない。
少しだけ触れると、やはり少し痛みが走る。
痛まなかったのは、無免ライダーさんに運んでもらったからだ。
恐る恐る顔をあげる。
ゴーグルと、ヘルメットを外して、笑う姿に、息ができなくなる。

「え、っと、」

笑っている。
引いているとか困っているとか、そんな笑顔じゃない。
どうしてこの人は、こんなに嬉しそうに笑っているのだろう。
見上げていると、かっこいいことに無免ライダーさんは私の正面に跪いて、そっと手を取る。
へっ、え。

「ああ、ごめん。ちがうんだ、ただ、僕も、君のフィギュアを部屋に飾っているから、少し、面白くて」
「え、わ、な、何故……?」
「何故ってこともないさ。きっと君と同じだよ」
「おなじ」

おなじ。
同じ?
私が飾っている理由は憧れと尊敬と好意とただ純粋にかっこいいからだ。同じ? まったく? そんなはずはない。そんなはず。だって私は勝手にこの人を目標にして、勝手に好きになって、勝手に告白しただけの、ただの女子高生が、どうしてこの最高のヒーローに好かれるなんてことが。
部屋に、同じようにフィギュアを飾ってもらえるなんてことが。

「なまえさん?」
「う、あ、はい!」
「僕も君のことが好きだ」

…。
……?

「なまえさんはすごいヒーローで、僕なんか足元にも及ばないけれど」

ゆっくり、首を振る、それは、そんなことはない。
私は大好きなんだ。
この人のことが。
私だけじゃない。町の人たちにだって、無免ライダーのファンは多い。

「それでも、僕は、君を一番大切にする人になりたい」

ひゅ、と空気を吸い込む。
まっすぐな目が、ただただきれいだ。
握られた手には力が入る。
いちばん、に。
いちばん?

「……いえ、あなたの、一番は、ヒーロー活動で、みんなのことで、良いんです。私のこともあなたのことも全部、ひっくるめて、私が、守るから」

私も真剣な顔が、できているだろうか?
無免ライダーさんは困ったように、しかしどこか楽しそうに笑う。

「ほらね、僕なんかじゃ足元にも及ばないヒーローじゃないか……」
「そんなことは……だって私がみんなの無免ライダーを、なんていうか、そんなの、あれじゃないですか」
「僕だって、なまえさんって言う人気者を、その、ね」
「まあ、そんなこと言い出したら、収集つかなくなりそうですけど……、いや私が言いたかったのは、その、無免ライダーさんは無免ライダーさんで、無理に私を一番に思ってほしくは、いや、一番は嬉しいんですけど、ううん、難しいですね、今度作文にして提出するので勘弁してください」
「僕もそうしようかな……、ところで」
「はい?」

あ。

「本当に、好きだよ」

指先に唇が触れて。
なんだか全身の血が逆流するみたいだった。
キュン死にってのは本当にあるかも、こんなくだらないことは考えられるのに、気の利いた言葉一つ返せずに、顔を覆って奇声を発していた。
私だって、好き、だ。


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20160711:次最後です。
 
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