23 帰り道


わかっていたことだ。
わかっていたことだった。

「がんばったね。お疲れ様」

偉そうに何を。
そう思ったが、そうじゃなかった。
なまえは強い。
シルバーファングもアトミック侍も、なまえにそんなことを言ったりしなかった。ただの『強者』としてなまえと向き合っていたからだ。
俺は。
なまえのことを、なまえとして心配したりしたけれど。いつしか。なまえと一緒に戦うことが当たり前で。
当たり前になってしまって。

「クソ……ッ」

がん、と罪もないコンクリートをバットで殴る。
ああ。
当然のことだ。なまえは女子高生で、ただの女で、強くなるためにそれなりに苦労をしている。世間の評価も気にならないわけがない。果てしなく気にならないふりをして大人のようにヒーローのように振舞っているけれど。
彼女は行動力があって努力家である以外は普通の人間だ。
たまには、労ってほしくもなるだろう。
気の抜けたような挨拶を交わして、仲が良くなったことに優越感を感じている場合ではなかったし、無免ライダーに憧れているということがわかった時点で、俺がなまえにやれるものを探すべきだったのだ。
もう遅い。
残念ながら、俺はもうなまえのことを知ってしまっている。
あんな表情ははじめてみた。
もう、言えるわけがない。
ぼろぼろ泣くなまえと、慌てる無免ライダーの間に入ることはできずに、ただ無言でその場を去ってきた。
見ていられない。
感情があふれて爆発する前に、あいつの前から消えなければと思った。
そんな時、地面を叩く音を聞いたのか、道の角からシルバーファングが現れる。間の悪いことだ。

「ん? なんじゃ、片付いたのか? 災害レベル『竜』だと聞いたが」
「うっせー! 俺一人で十分だっての!」
「……随分な荒れようだが、なまえさんと喧嘩でもしたのか」
「喧嘩なんかしたことねえよクソジジイ!」
「ワシにあたるな、だからフラれるんじゃ」
「フラれてなんか……!!」

フラれた、わけじゃない。
そう、フラれた、わけじゃないんだ、俺は。ならなんだ、フラれてない、失恋はしたかもしれない、勝ち負けで言えば負けだ、やられた。だが、そんなこと、ああ、そうだ、諦めてやった。そう、諦めてやったんだよ! あんまりにもあいつらが幸せそうにしてやがるから諦めてやったんだっての! ふざけたことばっかり言いやがって!
余裕ぶりやがってシルバーファングめ。

「やれやれ、しかたない奴じゃの……」
「っ、るっせ……!!」

泣いてない泣いてない、泣いてない。
いい加減にしろ。バカが。
肩に触れるシルバーファングの手にちょっと救われたりなんかしていない。

「ほれ、行くぞ」
「ばかやろー、今から妹と遊んでやらなきゃなんねーんだよ」
「なら妹も呼んで、飲みにでも行くぞ。他のヒーローにも声かけちゃる」
「いらねえよ! 未成年だバカ!」
「保護者同伴なら関係あるまい、さっさと行くぞ」

ありがたくなんか。
ない。
ありがたくなんかなくて、俺もたまたまシルバーファングの行く方向に行きたいと思っていたのだ。
だから、シルバーファングについていってしまうのも、妹をこちらに呼んでしまうのも、仕方がないこどだった。

◇ ◇ ◇

アトミック侍とその弟子、それからチャランコと、サイタマくん、もちろん、金属バットにその妹。予想外に大所帯になってしまったが、こっそりと、ちょっと酒を入れてやったら金属バットは見事に男泣きしていた。
途中から偶然店に来ていた黒っぽい男も混ざって(その若者はやたらとサイタマくんに絡んでいた)、店を貸し切って良かった。
ワシはずっと金属バットの肩を叩いている。
なまえさんにフラれた、というか、打ちのめされているという様子である。本人は諦めてやったんだと、自分はなんていい友人なんだと大声で言っているが、その全てが負け惜しみである。
一体誰に負けたのかと思えば、C級の無免ライダーに奪われたんだとか。
サイタマくんは「あー」なんてやけに納得した表情で酒を飲んでいた。

「若いねえ」
「そうじゃな」
「それにしても、なまえがなあ」
「ああ。今度道場に来たら詳しく事情を聞くとしよう」
「だな」
「しかしやるなあ、なまえの奴!」
「しっ、サイタマくん、金属バットの耳にその名が入るとまたひと暴れするぞ……」
「おっと、そうか……。なんつーか、俺は嬉しいけどな。あいつ高校生っぽくなかったし。結構喧嘩っ早いところあるだろ?」
「違いねえ」
「ほほ! そうじゃの、まあ、若者らしくて良いじゃないか」
「おいサイタマ、お前何故なまえを知っている?」
「お前こそなんで知ってんだよ」
「バッドお兄ちゃん、これも頼んで良い?」
「頼め頼め! 今日はじじいたちの奢りだからなあ!」
「おい! 勝手に先生に払わせようとするんじゃない!」
「まあよい、チャランコ。お前も何か頼んだらどうじゃ」
「しかし……」
「ほんと?」
「ああほんとじゃよ、好きなものを頼みなさい」
「マジかよ、じゃあもっと高い酒にするか。すみませーん、店員さーん!」
「サイタマァ! 飲み比べで勝負だ!!」
「おー、やれやれ」
「師匠、この漬物なかなかですよ」
「ほーう?」
「俺もやんぞコラァ!」
「お兄ちゃん未成年でしょ!」

最早なんの会なのかさっぱりわからん。ただの宴会である。
しかし、馬鹿騒ぎをしていたら、金属バットも大分落ち着いたらしく、妹を気遣う姿も見られる。
とは言っても、この会は空が白むまで続き、全員見事に店でつぶれて、朝方迎えに来たジェノスがドン引きしながら「なんだこれは」とそれだけ言った。

「金属バットの失恋を慰める会じゃよ」

失恋を。
ジェノスはそれだけ繰り返した後に、すっかり髪の乱れた金属バットを一瞥する。
それから店全体を見回した後に、詳しく聞くのが面倒であると判断したのか、そっと息を吐きながら言った。

「……そうか」

えらくあっさりとした言葉であったが、この会の幕引きにはちょうど良い。
ワシは笑っていた。
ジェノスの表情は、残念ながらワシには無表情にしか見えなかった。


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20160705:ばっかーの
 
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