22 「がんばったね」
ずっと言い続けてきた言葉がある。
「強く、なりたくて」
いいんじゃないか。強いのはいいことだ。
師匠は出会ってすぐは多分、私なんか突き放す気でいたと思う。
それがいつしか認めてもらえて、今では自慢げに「俺の弟子だろう」なんて言う。調子の良い師匠だ。
「おい、なまえ。何故強くなろうと思った?」
「世界は危ないですから。できるだけ私が平和に生きて行くために」
「ふん、そうか」
つまらなそうにそれだけ言った。
実際私もつまらなかったから、それ以上は何も言わなかった。
けれどこの後、二人してあまりにもつまらなそうな顔をしているものだから、それが面白くて少し笑った。
「なまえってよお、なんで、ヒーローなんだ」
「なんでって言われても」
「お前は、ヒーローなんてイメージじゃねえよ」
親友はそう言っていた。
私もそう思う。
師匠にしてもこのガラの悪い親友にしても、なんだかんだ私のことをよく見てくれているんだなあなんて思った。
バッドくんもはじめこそ「まだヒーローやってんのか」なんて言っていたけれど、S級になってからは「よ、相棒!」なんて言ってくる。やっぱりどうにも調子がいいのだ。
強い人っていうのはみんなそうなのだろうか。
「ほほっ、なまえさんは筋がいいのう。どうじゃ? このまま入門せんか?」
バングさんはいつも褒めてくれる。
道場に人が欲しいらしい。
あの道場にたった一人でいるチャランコさんも良い人で、なんだか優しくしてくれる。
ありがたいことだ。
私を更に強くしてくれるなんて。
「なまえ、お前、相当良い師匠についていると見たが……」
そいつはどうかな、なんて思ったのを覚えている。
アトミック侍さんの道場も楽しい。
師匠についてはノーコメントだ。見る人が見れば変質者にもストーカーにも見える。
弟子の人たちも、やっぱり良い人たちなのだ、高校生だから女だからと甘く見られることはなくって、一人のS級ヒーローとして活動する人間として接してくれる。
贅沢な話だ。
一体私には何人先生がいるのだろう。
そういえば、サイタマさんに教えて貰った筋トレもしているんだった。
ジェノスさんとも時折サイタマさんの強さの秘密についての議論をするし。
「そういやなまえって、ヒーローネームはなんて言うんだ?」
「先生、なまえにヒーローネームはありませんよ」
「え、なんで?」
「なんでも、S級になったときにいらないからと申告したそうです」
「へー。なんでだよ。つけてもらったらよかったじゃねえか。セーラームーンとかさ」
「先生それはちょっと」
私は私。
ヒーローになっても、ヒーローをやめても。
高校生じゃなくなっても。
人が決めた名前を名乗りたくなかったというのもある。
私はなまえだから。
それに。
なんだかいろんな人が名前を呼んでくれるから。
なんだかもったいない気がした。
どうせなら、本当の名前を呼んでほしい。
応援してもらえるにしても、話をしてもらえるにしても、街で声をかけてもらえるにしても、名前で呼ばれたかった。
すっかりクールとかドライとか冷たいイメージがついてしまっていて、それに沿ったヒーローネームにされるのも嫌だった。
相変わらず、ファンの人に手を振られたりっていうのは慣れないけれど。
「なまえさん」
サングラスは失敗した。
あまりかわいくない点が特に。
でも、ヒーローネームをもらわなかったのは正解だ。
無免ライダーさんは、当たり前のように私をそう呼んでくれたから。
とにかく、嬉しかった。
貴方に、私はどんな風に映っているんだろう。
怪人を片付けて、安全を確認した後、ぼうっと、誰ともしれない人の家の屋根の上で目をつむって空を仰いでいた。
そっと目を開けて、自分の腕を見るけれど、怪人の血がべっとりとついている。
恋をするには、あまりにも血生臭い気がした。
もしかしたら、バカなことを言ったかもしれない。
「なまえ」
バッドくんの声が聞こえた。
「なにぼやっとしてんだ」
「あ、れ。バッドくんまだいたの?」
「なんだその言い草は!!!?」
「いや、もう片付いたし、ゼンコちゃんいいの?」
「人がせっかく心配してやったってのに……」
「大丈夫だよ、君のが重症だよね……、あ、救急車呼ぼうか?」
「いらねえよ!」
私は笑うが、バッドくんは少し機嫌が悪そうだった。
ゼンコちゃんとの時間を邪魔されたのが相当嫌だったのだろうか。
「死ぬほど驚くことを教えてやろうか」
「ん?」
「……聞きたいか?」
「……まあ、じゃあ、うん」
もしかしたら、怪人に怪我を負わされたことで怒っているのだろうか。
「このあたり見回ってみるから、手短に」
「チッ!!」
「そんな思いっきり舌打ちすることある?」
「いいか、俺は」
二人揃って血まみれだった。
はやくシャワーでも浴びたい。
髪がパキパキいっている。
そういえば、制服のストックも随分増えた。
無免ライダーさんは、きっと下で逃げ遅れた人なんかを助けたりしている。
私も、そっちへ行きたい。
こんな血まみれの人間に助けられたら、怖いかもしれないけれど。
「俺は、」
バッドくんのまっすぐな目。
彼は時折、こういう目で私を見る。
これ、なんだっけな。
知っている、気がするんだけれど。
「なまえさん!」
足元から声がした。
「ごめん」と私はバッドくんにそれだけ言って、下から手を振る無免ライダーさんの近くへ行く。人手が必要だとか、そういうことだろうか。
何事かと思ったが、それほど大事ではないようだ、私が慌てて駆け寄ったので、少し困ったように笑っている。
それだけで、私も自然と笑顔になってしまう。
ああ、だから、こんなに血まみれで、そんな顔したってきっと。
無免ライダーさんは、どうしてかばつが悪そうに視線を泳がせながら、私に言う。
「本当は、S級の君にこんなこというのは、失礼かもしれないんだけど」
きっと触り心地は悪いどころか気持ちが悪い。
それでも、そっとその手は私の頭に触れたのだ。
無免ライダーさんを見上げる。
かちり、と目が合う。
あれ。
なんだろう。
目が、熱い。
「なまえさん。がんばったね。お疲れ様」
おかしいな。
そんな言葉、欲しいなんて思ったこともないのに。
今に満足していたはずなのに。
労ってくれなくても、何ももらえなくても、私はヒーローをやっていられるのに。
じわりじわりと視界が歪む。
熱いものが、あふれて止まらない。
私。
やっぱり。
どうしても。この人が好きだ。
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20160628:憧れる。