20 話をしよう


あずきゼリーサイダーから着想を得た作戦がある。
大したことではない。
そう。
差し入れをするという作戦だ。
できるはずだ。
「よかったらどうぞ」とスポーツドリンクを渡すだけの簡単な作戦だ。
いや、差し入れは考えていたが、ものは飲みものみたいな軽いものがいいという結論に至れたのは、あのまずい飲みもののおかげである。
場所はどこでもいい。
時間も何時でもいい。
渡すだけだ。
そのあとは、天気の話でもして、名前でも名乗って適当なことを喋ればいい。
それだけだ。
それだけのはずだった。

「……」
「……」

予想になかった展開すぎて頭がさっぱりついていかない。
予行演習はした。スポーツドリンクを箱で買って、親友である金属バットくんからはじまり、バングさんの道場にも持って行ったし、アトミック侍さんのところにも持って行った。ついでにサイタマさん、ジェノスさんのところにも。あとはフブキさんとか。知り合いばかりじゃあ練習になっていないかと思って、ヒーロー教会の適当な人に渡したりもした。
スポーツドリンクを差し入れるくらい簡単で、例えば私のことをよく知らない人でもこのくらいならば受け取ってくれるのだと知った。
簡単だ。
差し入れを持っていくくらい。
簡単。
小学生だってできることだ。
実際私にだってできた。
できたけれど。
そのあとのことは、やっぱり考えていなかったのである。
公園のベンチに、二人で座る。
世間話。
世間話だ、がんばれ、私。

「今日は、いい天気ですね?」
「ああ、そうだね」
「……、ぱ、とろーるも、捗ります、ね?」
「……なまえさん、もしかしてどこか調子が悪いのかい?」
「いや! そんなそんな、健康なだけが取り柄で……、あ、そういえば、名前と、顔、ご存知だったんですね、びっくりしました」
「貴女の方こそ、てっきりC級になんて興味がないのかと」
「え、いや、」
ちらり、と無免ライダーさんを見る。
「ん?」
少しだけ首を傾げる姿に、顔に熱が集中する。あっつい。いい天気どころの騒ぎではない。この状況を的確に表す言葉が思いつかないが、とにかくあつい。じりじりと、焼け落ちてしまいそうだ。
とてもじゃないが、「貴方に憧れてヒーローになりました」なんて言えない。
サイタマさん曰く、「嫌味には聞こえねえだろ、あいつはいい奴だし大丈夫だって」とのことであったが、それでも私はさらりとそんなことを言える心臓を持っていない。
私もまだまだ弱い。
こんなところを師匠に見られようものなら「時間の無駄だ」と一掃されてしまう。「その程度のことも言えないで何が俺の弟子だ」とわけのわからない言葉もついでについて来そうだ。正直泣きそうである。

「なまえさん?」
「え、あ、はい!! す、すみません、いろいろとお伝えしておきたいことがあるんですが、言いにくくなってしまったというか、もしかしたらご気分を害してしまうかもしれないというか、今は、貴方のおかげでしてみたい生き方っていうのみつけられたんです、ってどうやって言ったら嫌味に聞こえないかなあと思って」
「え?」
「ん? あ!!?」

なんでそうなる。
私は頭を抱えて地面に沈みたい気持ちを抑えて、どうにか無免ライダーさんの様子を伺う。ゴーグルをしているから目元は見えない。口もとを見る感じでは、少しひきつっているように見えて、これは確実に困っていらっしゃる。

「あの、えーっと、すみません。私、えーっと。あー」
「あ、あの、もしあれなら聞かなかったことに……」
「いえ、もうこの際なので白状します」

気を遣わせるのも困らせてしまうのも嫌だけれど。
この際だ。
メディアに顔もバレて、ヒーローとしてやっていく決心もした。告白はさすがにといったところだが、言いたいことは、伝えたかったことは、伝えてしまおう。
チャンスをもらったのだから、言えばよかったと後悔するのは嫌だ。
この人は無茶ばかりする。
もしかしたら、知らないところで怪人にやられてしまったりとか。させたくないけど。ない話ではないのだ。
まっすぐに、無免ライダーさんを見る。
この上なく心臓がうるさい。

「私は、無免ライダーさんに憧れてヒーローになったんです。今でも、貴方みたいなヒーローになりたいと思ってます」

言い終わるまで。
もう少し。

「……君は」
「ここからは、ただのファンの言葉と思って聞いて欲しいんですけど。どうか、お体を大切にしてください。心の底から、応援しています」

すう、と頭を下げる。

「……」

視界に写った手が、震えている。
心臓が口から出そうだ。
ばくばくいう音が喉元から聞こえる。
思わず両手が喉元へ伸びる。
言い終えた。
なにかおかしなところはなかったか?

「なまえさん」

あ。

「ありがとう」

ふ、と綺麗に微笑んだのがわかったのは。
いつもしているヘルメットとゴーグルをとっていたから。
というか、この人、見たことがある。
あの時の、勇気のある、一般市民だと思っていた。
怪人に一人で向かって行って、危ないと思って私もサングラスや布をつけるのを忘れて割り込んだのを覚えている。
ああ、どこかで聞いた声な気がした。
どこかで見たような危うさだったと感じて。
そうか。
この人が、無免ライダーさんだったのか。
すごく、優しい瞳が細められて、私はその素顔に釘付けになる。
口が勝手に動いていた。

「好きです」

あれ?
今、なんて言った……?

「え?」

その反応も当然だ。
私も、多分、目の前の無免ライダーさんと同じ顔をしている。
女子高生の戯言だと、受け取るような人では、きっとない。
困らせないようにしようと思ったのに。
気を遣わせないようにしようと思ったのに。
純粋に応援の言葉だけにしておこうと思ったのに。
何故こんな、ことを……。

「え、あ、ご、」

ごめんなさい!
いうより早く、地面が揺れて、言葉は遮られる。

「「!」」

全く同じタイミングでベンチから立ち上がって、走り出す。
だから、ここで嬉しいなんて思っているようでは、きっとまだまだこの人のようにはなれないのだ。


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20160626:どうするかなあ
 
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