19 ただのファンだよ


なまえさんの評価は、少しずつ変化している。
一番の変化は、顔を公表したことだろうか。
登下校中に諦めた様にオレンジの布を首にまいていて、手を振ると手を振返すか会釈で返してくれるのだそうだ。
僕は相変わらず、彼女のそういう姿は見ることできていないのだけれど、僕が手を貸したりする人が教えてくれる。最近は顔をメディアに出してしまったことで、このあたりは彼女の通学路であるという情報まで流れて、カメラを片手に彼女の姿を探すファンもいる。
なまえさんのことはよく知らないけれど、もしかしたら。
もしかしたら、好きで顔を公表したわけではないのかもしれない。
その雑誌にはアマイマスクさんとの対談の様子なんかも書かれていて、一体どういう風のふきまわしなのだろうとネット上で騒がれていたりする。
何か弱みを握られたんじゃないかとか、アマイマスクに誑かされたんじゃないかとか、その言葉にアマイマスクさんのファンが噛み付いたりだとか、他にも、何か、特別な、仲なんじゃないのか、とか。

「……」

そんなこと。
いや。
例えば彼女が幸せだというのなら、それで。
いやいや。
彼女の幸せを願うなんて。なんだかそれは。

「!」

……。本当は、もうわかっているのだけれど。もうずっと前に認めているのだけれど。
買い物の途中、足が止まったのはある新商品の前。
最近発売された彼女のフィギュアはサングラスとマフラーを取り外すことができて、かなり気合いの入った作りをしている。
店先に陳列された箱を一つ手に取る。
予約特典版はインターネットで高値で取引されている。
通常盤もそうなる前に。
そっと、箱を元の場所に戻す。
僕は発売日にもう購入済みだからだ。
僕が戻した箱を走ってきた小さな子供が持ち上げていう。

「あ、なまえだ! お母さん! これほしい!」
「あら、なまえちゃん……、グッズ出てたのねえ」
「買おうよ〜!」

微笑ましい光景に、僕は少しだけ口元を緩めるとその場を離れた。
帰って体でも鍛えよう。
飛ぶようにS級になってしまった彼女には追いつけなくても、もしかしたら、視界の端くらいには入るのかもしれない。一度助けてもらったけれど、きっと、あんなこと、彼女はたくさんしていて、一人の男のことなど覚えてはいないだろう。
まともに話をしたこともない。
それどころか、ちゃんと向き合って会ったこともない。
僕は、そんな彼女に、恋をしている。
話してみたいのは、彼女のことをもっとよく知りたいからだった。
ただ憧れているのだと思っていた。
自分に持っていないものをもっている少女に、ただ憧れて、もしかしたら羨ましがっているのかもと。けれど、いつも心がちくりと痛むのは、なまえさんと金属バットさんが一緒に戦っていた、とか、そういう噂を聞く時だった。
ヒーローなのだから、悪と戦うために共闘することもあるだろう。
噂通りであるなら、二人はクラスメイトなのだから、頻度が多いのも頷ける。
そんな話を聞く時決まって、無意識に考えるのは、もし僕が隣に立つことができたなら、ということだった。
羨ましく思っているのは、彼女の強さではない。
金属バットさんの親しさだった。
けれど、僕はどうしようもなくなまえさんのファンでしかない。
知り合いとも言えないような相手を好きだなんて言ったって、彼女が有名人である以上、やはり、僕はただのファンである。
それにしたって女子高生に心を奪われるだなんて、ヒーロー的に許されるのだろうか。
いや、そんなこと、心配するところではないのだ。
僕は彼女と話をしたことすらないのだから。
もしかして、もっと体を鍛えて、成長したと思えたなら、僕は彼女に声をかけることができるのだろうか。胸を張って、C級1位の無免ライダーだと名乗ることができるのだろうか。
もっと、人の役に立って、かっこいいヒーローになれたなら、僕は。

「ただいま」

誰もいない部屋に帰って、ぽつりとそれだけ言う。
部屋の傍には、最近買ったフィギュアが置いてある。丁寧にケースに入れてあって、まるで今の僕となまえさんの関係を表しているようであった。ケースに入っているのは果たしてどちらか。
なんだか、彼女はケースの中だって自由であるような気がした。
僕のほうがずっと不自由で、雁字搦めにされているような。
もう一層のこと、彼女がS級であるということを利用して、「ファンです」なんて話しかけるのもいいかもしれない。「本当に強いんだね」なんて言ったら、彼女はなんていうだろうか。
どんな言葉を、僕にくれるのだろうか。
いささか淡いピンク色のような思考を振り払う為にトレーニングをして、パトロールの為外に出る。
考えすぎると、ネガティブな考えも顔を出す。
僕にできることは、こうして少しでも一般市民のみんなの役にたつことと、少しでも安心感を与えられたらいい。恋をしたって、僕は僕で、無免ライダーと言うヒーローなのだから。
「無免ライダー!」と呼ばれた声に、いつも通りに返事を返す。
ジャスティス号も好調に走っている。

「あ、あの」
「ん?」

いいことがありそうないい天気。
ふわりと風が吹いて、目の前の少女の髪が揺れる。
言葉を失ったのは、目の前に立ってる人があまりにも予想外だったからだ。

「あ、え?」
「スミマセン、えーっと、無免ライダーさん」

思わず、「はい」と返事をした声が震えていた。
少女は、高校の制服に身を包んで、それでいて、首にはオレンジ色の布を巻いていた。サングラスはしていないけど、その顔は最近素顔を公開したあのヒーローで間違いがない。
間違いが、ない。
その声は僕に向けられて。
その両目は僕を見つめていた。

「……」
「あー、っと、これ、良かったら」
「え」

差し出されたのは、一本のスポーツドリンク。
…………、差し入れ?

「ぼ、……俺が貰っても?」
「はい、よかったら」

受け取ると、そのペットボトルはよく冷えていた。
冷えていたけれど、触ったところからとんでもない勢いで熱が広がっていた。
なまえさんは安心したように胸をなでおろしている。
怪人を一瞬で倒してしまった時だって、そんなことはしていなかったのに。
何故、僕なんかにペットボトル一本渡せたことを、そんなにも。

「それじゃあ、邪魔してすみませんでした」

本当に彼女は。
差し入れをしに来ただけなのだろうか。
くるりと踵を返して、歩き出す。
その背中はやっぱりただの女子高生でしかなく華奢で、どうしようもなく女の子であった。
勇気を出せ。
僕だって。

「なまえさん」

その背中に声をかける。

「もしよかったら、少しだけ話をしないかい?」

まだまだ僕は、強くもなければ、立派ではない、けれど。
それでも。


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20160626:やっと絡む
 
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