17 センセイの新しい友達


彼女は、何故か先生と気が合うらしかった。
今日もパトロール途中に彼女と合い、そのまま少し話して家に遊びにくる運びとなった。
今日は、サングラスと布をつけていなくてわからなかったが、「誰?」と先生が言うと、なまえは笑いながら「なまえです」とぱっと布とサングラスをつけた。
通行人に気付かれないようにすぐにとってしまっていたけれど。
どうやら、あまり必死に顔を隠しているというわけではないようだ。
S級ヒーローのなまえ、ヒーローネームはなくて、ランキングもS級最下位に固定されている。中途半端に顔を隠すおかしなヒーローだ。
割合に誰とでも仲良くなる性格のようで、シルバーファングの道場へ出入りしたり、アトミック侍の弟子と出歩いていたり、クラスメイトが金属バットであったり、地獄のフブキに追いかけ回されていたりする姿を目撃されている。
どんな奴かと思えば、なんてことはない、ただの高校生のように見える。
だが、俺はこいつが、ワイヤーを駆使してZ市の一画を守ったのを見ていたのだ。
普通、とは言えない。
今だって、先生の自宅に来るなり、「お邪魔します」の後の言葉がこれだ。

「うわ、なんですか? その意味わかんない飲み物」

段ボールの中にまだまだ残っているあずきゼリーサイダーを見るなりそう言った。
無免ライダーに相当数押し付けたけれど、まだまだ残っている。
先生はすかさず、ごっそりと処理に困っているあずきゼリーサイダーもとい、ゴミを抱えてなまえに近寄る。

「飲む?」

なまえはちらりと俺を見るが、嫌そうな顔を隠しもせずに言う。

「ええー、じゃあ一本飲みますよ……あ、土産にもう2本下さい」
「チッ、たった3本か」
「……好きだから箱で買ったんじゃないんですか?」
「これが以外と飲めなくてなー」

なまえは押し付けられたと思っていても、ふたを開けると、「いただきます」と言った。言う割には、やはり表情は全力でイヤそうだ。
こくり、と一口飲む。
俺は茶を用意して、先生はわくわくしながら感想を待っている。

「…………なるほど。誰ですか、こんなに買って来たの。サイタマさんですか?」
「いや、ジェノスだけど」
「ジェノスさん」
「なんだ?」
「こんな飲み物箱なんかで買ったら、制作会社がファンが居るって勘違いするからやめた方がいいですよ。これ以上犠牲者が増えたらどうするんです?」
「運が悪かったとしか言い様がないな」
「…………」
「やっぱ無理か?」
「無理ってもんじゃありませんよこれ」

そう言いながら、口を付けてしまった以上突き返すことはできないと思っているのか、その場で一気に飲んで死にそうな顔をしていた。
俺が茶を用意するのを待ちきれなかったらしくひょこひょこと俺の傍に来て、淹れてすぐの茶を持って行った。
無言ではない「もらっていいですか?」と、ちゃんと断りを入れて来た。
こういうところは好感が持てる。
いや、なまえという人間に大して、俺は不愉快な点を見つけることができないでいるのだけれど。
なまえは先生と仲良くなったように見えるけれど、実は俺とも結構話をする。
こいつはこっそりと「そのノート、見せて頂けたりしませんか?」なんて言って来たりして、断ろうと思ったが「あの人すっごい人ですよねえ、私も、今の師匠に会うよりはやくサイタマさんに会ってたら、弟子入りしてたかもしれません」なんて言うものだから、見せてやることにした。
つまり、俺となまえは先生のすばらしさについて語る仲間であるというわけだ。

「やっぱりまずいかー……」
「またがんばって減らしましょう、先生」
「無免に結構押し付けたけど、まだまだあるもんなあー」
「え!!?」
「え?」

その時だった、なまえが普段とは違う顔を見せた。
俺も先生も、なまえの顔を覗き込む。

「え、じゃないですよ、無免って無免ライダーさんですか?」
「そうだけど? え、なに?」
「ええー、お知り合いなんですか?」

羨望の眼差し。ではない。これはなんだろう。そんなにキラキラしたものではなくて、どちらかというとうらやましがっているというか、妬み、とまではいかないが、もしかしたらそちらの方が近いかも知れない。

「おう、この前一緒におでん食ったぜ」
「ええええー! いいなあ! おでん、おでん好きなんですかねえ?」
「知らねーけど、なんで? 無免ならそのへん歩いてりゃ会うだろ?」

先生の言葉は最もだ。
俺も時折見かけることがある。

「いや、まあ、そう、なん、です、けど、ね?」

同意した。
ということは、この少女が、うまくやれない理由があるということだ。
先生は面白いおもちゃでも見つけたというように、顔色の変わったなまえを覗き込んで詰め寄る。

「お? なんだなんだ?」
「ひ、目が怖いですよ、サイタマさん……!」
「なんだよ、お前もしかして……」
「うわー! ジェノスさん助けて下さい貴方の先生がセクハラします!」

先生が楽しそうなので、俺は手を出さない。
俺からの助けがないのだとわかると、なまえは恨めしげに俺を見上げた後にばっと先生から距離を取った。床に雑誌などが転がっているが、彼女は器用にそれを踏まずに先生の手から逃れていた。
案外余裕のようだ。
助ける必要はないと判断する。
落ち着くまでしばらくかかりそうだし、その間に茶菓子も用意しよう。

「好きなのか?」
「なんですかもう! 近所のおじさんですか貴方は!! だったらなんだって言うんですか! これ以上は泣きますよ私は!」
「なんでだよ、いいじゃねーか。青春って感じで」
「……こう見えて私も高校生ってことですね」
「おう! がんばれよ!」
「がんばりますけど、あ、でも、あ、いや、うーん……、一つだけ、いいですかね」
「あ、でも手伝わねーぞ、めんどくさそうだから」
「だと思いました。なので」

そこまで言ったが、言葉は続かない。
不思議に思って顔を上げてなまえを見る。
なまえは少し指先を顎に当てて考える仕草をすると、力なく、へらりと笑ってみせた。

「やっぱりいいです。うん。がんばりますね。くれぐれも本人に言ったりしないで下さいよ」

こっそり評判を聞いてくれ、とか、かわりに気持ちを伝えてくれ、なんて、きっと口が裂けても言わないのだろう。
この女はそういう奴だ。
ふ、と小さく笑う。

「んー、そうか? なら、なんかあったら報告しろよ! 面白そうだから」
「……………お約束はしませんけどって、ああ、なんてことを! 私の鞄にその変なジュース詰めるのやめて下さい!! ちょっと! もうやだこの大人!! そんなの買うから悪いんじゃないですか! 諦めて自分で飲んで下さい! ちょちょ、あああああ、そんなことしたら教科書とかノートとかぐちゃぐちゃになる! 地味にテンション下がるんですから! あの!? 聞いてます!!? その変なジュース私の鞄につめこむのやめろって言ってんですよ!!!!」
「おい、なまえ、言葉に気をつけろ」
「あああ、ややこしくなった! 言葉には気をつけますすいませんですけど見て下さいこの暴挙、どう見たって、私、悪くない!」
「先生、どうせならいらなくなった段ボールも持って帰らせましょう」
「そうだな」
「もうやだこの家二度と来ない……」

俺は弟子だが、なまえは先生の新しい友人だ。
なんだか涙目だが、気のせいである。


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20160620:こいう話は好きそうなイメージ。
 
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