15 君が若者と知る瞬間
隕石を壊すと、変な女子高生に声をかけられた。
「あ、あの!」
「ん? あれ、お前、逃げてなかったのか?」
「私、えーと、なまえって言うんですけど、一応ヒーローなので、できることを、あー、じゃなくて、なんだろう、その、貴方は、ヒーローの、サイタマさん、ですよね?」
「そうだけど、へえ、お前みたいのもいるんだな」
「あ、」
「あ?」
「あの、また、町でお見かけしたら、声を、かけさせて頂いても?」
「ん? おう。ほい」
「え?」
なんとなしに、手を差し出した。
「俺は、サイタマだ。知ってたみたいだけどな。よろしく」
「はい! よろしくお願い致します!」
変な高校生だけれど、普通の高校生であった。
嬉しそうに握手をした後に、大きく手を振って、随分破壊された町に消えて行った。避難誘導とか、後片付けとか。そういうことをするんだとか。
後日テレビで、なまえは名前だけ大きく取り上げられていた。
コメンテーターが言うには、なまえはメディアがあまり好きではないらしく、取材も一切シャットアウトしているらしい。
が、今度グッズが発売されるんだとか。
三日経って、町を見回してみると、まだまだ町はぼろぼろで、なかなかに不便な上に、変なやつに絡まれた。
変な、という表現はなまえにも使ったけれど、なまえにはいい意味で使っている。後のやつは、本当に理解ができないレベルの変なやつ。
考えていることはわからなくはないが、そんなに本気で考えることがそれだなんてわからない。
なんでも、俺のことが気に入らなんだとか。
暇なことだ。
「お前かあーこの町を破壊した張本人はーーーーーー!!!」
町の奴らをわざわざ煽って。
その後巻き起こる大合唱。
「や・め・ろ!」
「や・め・ろ!」
「や・め・ろ!」
「出・て・け!」
「出・て・け!」
「出・て・け!」
「消・え・ろ!」
「消・え・ろ!」
「消・え・ろ!」
俺はどんな顔をしていただろうか。
どうせ、いつもの無表情だとは思うけれど。
「ヒーローなら正々堂々オレ達と勝負しろ!」
わざわざこちらに降りて来た二人。
相変わらず元気にヤジを飛ばす周りの奴ら。
そんな空気を裂くように、そいつは現れる。
「うるっさいなあ」
声のすぐあと、タンクトップ二人組の、虎柄のタンクトップがはじけ飛ぶ。
タンクトップはただの布の切れ端になって地面に落ちる。
「は!?!」
「お、弟よおおお!?」
俺とあいつらの間に立ったのは、一人の女子高生。
オレンジ色の布を首に巻いて、サングラスをしている。
こいつは。
隕石の時の。
「人が必死に後片付けしてるのになに遊んでるんです? そんな下らないこと言ってる場合ですか?」
「なまえ」
ざわり。
周りの奴らと、暇な二人が明らかに動揺するのがわかる。
「で? なんでしたっけ。勝負、でしたか? 二対一の時点で正々堂々じゃないと思いますけど、よかったですね、私が加わることで正々堂々二対二で勝負ができますよ。ったく本当に下らない、ヒーローやめなきゃいけないのはどっちだっての」
「な、なんだと!? お前、S級だからってな」
「いいからさっさと来い!」
「っ!」
やはり。
こいつは。
なまえは一撃で虎柄の方を殴り飛ばし、俺は向かって来た黒い方に乗って、握力で勝負をしてやった。
二秒後には「嘘吐いてすいません」なんて泣いていた。
「隕石をぶっ壊したのは俺だ、文句がありゃ言ってみろ、聞いてやる」
なまえはその後はじっと、隣に立っていた。
◇ ◇ ◇
場所を離れて二人になると、なまえは俺の正面に回って頭を下げた。
「………、すみません。たぶん、貴方ひとりでも大丈夫とは思ったんですが」
「なんでお前が謝るんだよ」
「いえ、つい、カッとなって。まだまだですね」
「そんなこと言うなよ、俺はちょっと嬉しかったからさ」
「え」
タンクトップ二人と、周りに集まって来た奴ら。
しかし、ふと隣を見ると、俺よりずっと怒りをあらわにしている一人の少女。
誰かと戦うなんて、実ははじめてだったかも知れない。
「隣に立ってくれただろ」
なんて、そんなに大層なものでもないけれど。
あまりよくなかった気分も、それを思い出すと、すこし和らぐ。
なまえは少し困ったように頭をかいて。
「あー、でもあれはー、いや、ほんと、貴方はすごい人だから大丈夫とは、うーん、本当にですか? 気を悪くされませんでしたか?」
まだこんなことを言っている。
少しおもしろくて笑ってしまう。
「大丈夫だって」
「……それなら、よかったですケド」
「嫌なとこに鉢合わせちまったな」
「いえ、まあ、それは、そう、ですね。今思い出してもむかつくので、思い出さないようにしていたんですが」
ぎり、と拳を作る手から怒りが滲み出ている。
怒っている、のかはわからないが、何かしらの負の感情であることは確かだ。
「あ、ところで聞きたいことが」
「え、なに?」
「サイタマさんって、どんなトレーニングをしてそんなに強くなったんです?」
「へ?」
「あ、や、やっぱり教えて頂けない、ですか、いや、ですよね、それはそうです、すみません」
「いや、」
やっぱり、こいつも割と変な奴だ。
俺はやっぱり笑ってしまう。
きっとなまえと俺は、仲良くなれる。
「俺はさ、」
なまえもやっぱり、俺のトレーニングメニューを聞いたら驚くのだろうか。
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20160619:若いから