13 ヒーローネームをつけよう!


なまえのヒーロー名を、決めようという話が持ち上がった。
S級にもなってヒーローネーム一つ無いのでは格好がつかない。
人気もうなぎ上りだし、彼女についての問い合わせも多くある。
そんな彼女は、先ほどまでこの場所に居たのだけれど、保留にしてくれと言っていた要望を二つ程言って帰って行った。
一つは、「ワイヤー、もしこれより強化できるなら強化してほしいです。炎とか、なんだろ、あとは溶けたりするのも嫌なので、そのあたりとか、いいですか?」彼女はまるで普通の女子高生のようで、遠慮がちにそんなことを言った。
ちなみに、何故か金属バットくんもついてきていて、彼女の隣に座ると真っすぐこちらを睨んでいた。一体なんだと言うんだろう。

「わかった。すぐに手配しよう」
「あ、あの。あと、もう一つ、これはその、大したことじゃないんですけど……」
「なんだね? 我々が可能なことならばなんでも……」
「ほ、ほんとに、ほんとに大した事じゃなくって……、えーっと、今私ってS級のランキング最下位じゃないですか?」
「ああ。そうだが」
「これ、破棄できませんか?」
「は?」
「ランキング順位、いらないんですけど……」
「な、何故だね? 君はまだ若いんだ、まだまだ上位にいくことだってできるだろう? ファンも増えているし、はっ!? まさか、ヒーローをやめたいのか?」
「いえ! ヒーローは続けますよ! でも、ランキングは、もういいんです。私が「ヒーロー」として活動するために必要なものではないので、今はその気はないですけど、順位がついていると、いつか上を目指したくなるかも知れない。そうじゃなくて、ただただ「ヒーロー」でいたいから。もし、どうしても必要なら、ずっとこの順位のまま、S級最下位のままでいいです。だからこれは、要望っていうか、お願いに近い、ですかねえ」

彼女は高校生らしくにかりと笑ってみせた。
強くなろうとしていないわけではない、上を目指していないわけでもない、だが、どうにも、我々協会の人間とは別のところを見ているようだった。
彼女の笑顔と、隣に座る金属バットくんの威圧。
我々はどうにも黙るしかなく、ただ「わかった」とだけ言った。
ランキングを破棄というのはできなくとも、彼女をS級最下位に固定させることはそれほど難しいことではないだろう。

「しかし、変わった少女でしたね、なまえというヒーローは」
「ええ。何かそんな彼女をよく表現したヒーローネームをつけたいところですなあ」

彼女のヒーローネーム、という議題はなかなかに長くなり、あーでもないこうでもないと意見が飛び交い。これがいいあれがいいと多くの候補が上がっていた。ヒーローのなまえとしてもうかなり浸透しているし、きっとなまえは残しておいたほうがいいはずだということでまず方向性の一つが決まり、となると、有名なところでいくなら「地獄のフブキ」「旋律のタツマキ」だけれど、彼女はどうするか。なんとかのなまえ? なまえ、のあとになにかを付け足すのは難しいのではないか?
巷の噂ではかなり謎が多くてクールだという話だが、実際はそうでもないし、彼女の外見的特徴といえば、オレンジのマフラーだけれどあれを活かすのはどうか。
普段は見た目から適当に名前をつけているというのに、今日は一体どうしたことか。
だが、彼女はきっとグッズ化したらよく売れるだろうし、とても大切なところだ。
ここ如何では、彼女の評価は「なんだかかっこいいヒーロー」から、「ヒーローネームがださいヒーロー」というものに変わってしまう。
それが人気に響いてはいけない。

「……よし! これだ!」

軽く汗をかくくらいに会議は白熱し、皆謎の清々しさを持って納得した。

「彼女のヒーローネームは……!」

ピピピピピピ!
その電子音は、誰かの携帯電話から発せられた。

「誰だ!? 会議中は電源を切っておけ!」
「す、すみません、私です……、あれ、なまえさんからですね……」
「なに? ちょうどいい死力を尽くして考え倒したヒーローネームを聞いてもらうか」
「もしもし、なまえさ、え? なんですって?!!」

電話越しの声までは聞こえない。
彼がなまえさんとなんの話をしているのかわからないが、なまえさんからの電話をとった彼はきょろきょろと周りを見渡して焦りながら、だんだんと顔色が悪くなっていく。
あまり、良い話ではなさそうだ。
その様子は周囲の動揺を誘い、ざわざわと、彼らの不安は広がっていく。

「なんだ、どうした!?」
「いえ、それが、あ、ちょっと、ちょっと待って下さい」

彼は一瞬その言葉に応えたけれど、また電話に戻る。
泣きそうになっていて、少し不憫だ。

「ええ、はい、今丁度その話をしていたところで、え、ええ!? いや、そんなわけには……、はい、実際難航しましたけど、だからって、あ、あれ? 金属バットくん? えええええ! 君まで何を言い出すんです! ちょっと、でも折角だし……、う、うーん、わかりました、一応、伝えてみますから……」

電話をとった彼は、もう白目になっている。

「なまえさん、三つ目の要望で、ヒーローネームはいらないから、と………」

空気が凍り付く。
氷点下なんてもんじゃない。
白熱していた汗は引いて、今度は別の汗が溢れる。
がんばったのに。
けれど、確かに、彼女らしいと言えば、彼女らしい。
どうにも素朴で、まるで普通の高校生。

「……S級ヒーロー、なまえ、か。それもいいんじゃないですかね」
「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………、それもそうだな」
「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………、ああ」

同意の前にたっぷりとあった時間に未練を感じずにはいられない。
こっそりと苦い笑顔を作って、電話に出た彼のそばへ行ってぽん、と肩を叩いた。
もし、このタイミングで電話に出なければ、ヒーロー名は世間に出ていただろうに。
この名前が使われないのは残念だけれど、何故だか少しヒーロー協会の結束が固まったような、そんな有意義な会となった、まあ、それでいい、ということにしておこう。


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20160618:ただのなまえさん誕生。
 
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