12 はじめて君を見た日


なまえさんが、S級ヒーローになってしばらく経った。
相変わらずに活躍していて、この地域の人たちには人気がある。どうやら最近だと、どこかへ遠出してパトロールをすることもあるようで、良い噂もたくさん耳にするようになった。
なんだか、僕まで嬉しくなる。
すっかり、まだ見た事もない彼女のファンのようになってしまっているけれど、僕はと言えば今日はいつものヒーロースーツではなくて、私服で買い出しに来ている。今日は、卵が安い。
商店街を横切ると、僕のフィギュアやポスターなんかを見かけて、少し気恥ずかしい。なまえさんはS級ヒーローになったわけだけれど、協会もまだ彼女の売り出し方を迷っているのだろうか、グッズになったとか言う話は聞かない。
が、インターネットを見ていると、彼女を支持する人たちも相当数いるように思えた。
僕もその内の一人だけれど……。
どうしてこうも、彼女の姿は見る事ができないのだろうか。
噂によれば怪人を倒したりヒーロー活動をする時はオレンジの布を巻いてサングラスをしていて、それが終わると、さらりと人ごみにまぎれてしまうのだと言う。
もしかしたら、だけれどS級になったのも本意ではなかったのかも知れない。
僕は彼女のことを知らないから、予測でしかないけれど。

「ん……?」

裏路地から、何かを崩すような音が聞こえる。
そっと覗き込むと、猫と一緒にごみをあさる、およそ人間ではないシルエットの。
怪人だ。

「あ?」

怪人はくるりと振り返る。

「なに、見てんだあ?」

見ていたのは、僕だけではない、音を聞いて、何人かがその路地をのぞいていた。
まずい。

「みんな、はやく逃げっ……!」

怪人の動きは思ったよりも素早く、僕が言い終わるよりも速く、至近距離に迫っていた。
なんとか、しなければ。
咄嗟に怪人の目の前に出るが、今、僕になにができるだろう。

「俺がゴミを漁る姿がそんなに面白いか? ええ? 世の中を憎みながらゴミを食って生きてたら俺はいつしかゴミしか食えなくなっていた、俺の気持ちが、お前達にわかるってのか? あ?」

怪人がそう語る間に、みんな怪人から逃げてくれた。見えないけれど、足音や声が遠ざかる。
僕は逃げられない。
僕が逃げれば、この怪人は必ず違う誰かに襲いかかる。
だから。

「なんだお前は? まさか俺と戦うつもりか?」

とんでもない悪臭がする。
ゴミの怪人。
手からなにか液体が出ているが、ぽつ、と地面に落ちたそれは、じゅう、とアスファルトを溶かす。
そのまま殴るのも危険だろう。危険、だろうが。
やっぱり僕は。

「まー、そんなに死にたいなら止めないぜ。人間の死体は、立派なゴミだからなあ」

向かって行くしかない。
当然、恐怖はある。
けれど、それを拭い去るように叫ぶ。

「うおおぉおおおおおおお!!」

はっ、と、怪人が笑う。
僕は、ただ、真っすぐに。
その拳は、届かない。

「ぐぁっ!」

簡単にはじかれた体、肌が直接触れたところは、ひどく熱い。

「はっははははは! 派手なパフォーマンスおつかれってな」

手も足も出ない。
いつものことではあるが、たまらなく悔しい。

「これでお前は、俺の餌だ」

それでも。
ぐ、と体に力を入れて立ち上がる。
それでも俺は。

「休日の昼間からその悪臭は近所迷惑では?」
「ああ!!?」

目の前に立つのは、一人の少女。
顔を一瞬みた感じでは、高校生くらいだろうか。
って。そんな場合ではない。

「君! 危ないからはやく!」
「ああ、大丈夫です。がんばりますから」
「何ごちゃごちゃやってんだ餌共ぉ!」

振り上げた腕は、もう地面に落ちている。

「は!?」

怪人が声を上げた、その次の瞬間にはもうばらばらになっていて声を上げることもできはしない。周りに居た人たち、それから僕もその様子をぽかんと眺めていたけれど、やがて喝采が沸き起こる。

「すげー!」「なんだ今の!!?」「でももしかして、あの子って」「なまえ? S級のなまえじゃね?」「え? うそ、あれが?」「こっちみてくれー!」「なまえー!!」「なまえ!」「なまえ!」「なまえ!」「なまえ!」

町を湧かせるなまえコール。
彼女は、路地の方を向いたまま。
小さく、僕に言う。

「怪我は、大丈夫ですか?」
「え、ああ。このくらい慣れてる」
「ええ? それはそれでまずい気が……、とりあえず、私はここから立ち去ったら救急車呼んでおきますから、そのあたりで安静にしていて下さい」
「君は……?」
「うん。それだけはっきり話せていれば、大丈夫ですかね。それでは。お大事に」

彼女はそのまま、去って行ってしまった。
地面に置いていた鞄を持ち上げて、路地裏に走って消えてしまった。
周りの人たちは「あ」とか「逃げた!」とか言ったりして残念そうにしている。「本当になまえだったのかな?」「でもあの強さみたろ?」「武器はワイヤーなんだっけ? ワイヤーってこんなに強いの?」「あれは絶対なまえだって!!」名乗ることもなければ、市民の歓声に応えることもなく。
クールと取るか、ドライと取るか。
けれど、彼女の声を聞いた僕は。気遣う声を聞いた僕は。一瞬だけ見えたのだ。彼女が持ち上げた鞄から、とても鮮やかなオレンジ色がはみ出していたのを。
彼女は、彼女が。
S級ヒーローの、なまえさんだ。


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20160618:11話目から新章のイメージです。
 
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