10 強くなる君


なまえを相手取るのなら、一歩踏み出すところから。
はじめの一撃が、一番薄いことは、この技術を教えてやった俺が一番よく理解している。教えたと言っても基本くらいのもので、研鑽したのはこいつだった。
ワイヤーが気に入ったらしく、他の武器もそこそこに毎日ワイヤーの扱いを研究していた。
下手に時間をかけていては、なまえはどんどんそこらじゅうにワイヤーを張り巡らせて、最近さらに小賢しさが増して、ワイヤーの振動で俺の現在位置を把握するということもできるようになったらしい。
が。
俺は最速最強の、音速のソニックだ。
なまえの反応速度はそこそこ速くなってはいるが、俺に追いつくには全く足らない。一瞬遅れてワイヤーが俺に迫るが、関係ない。
これで終わりだ。
くるりと回って、かかとを振り下ろす。防御は間に合わない。そして、なまえは。

「!」

なまえがとったのは、知らない構え。
俺が教えた覚えはない。
俺の方も勢いは殺せず、そのまま足を振り下ろすが、すい、と、それを受け流す動きは、まるで水の流れのようであった。
確かに、いつもと違う自信のようなものは、対峙した時に感じていた。
それでも、俺の足は地面をえぐるが、目標を失ったことで、一瞬動きが鈍る。
ここを突いてこないような甘い教え方はしていない、案の定追撃に出るなまえは、ワイヤーではなく自らの拳を握る。ほう、なるほど。
思ったよりも力強く、真っすぐにその拳は、俺の鳩尾あたりを狙ってくるが、素人が一朝一夕で覚えた武術が通用するはずもない。
俺はなまえの拳が体につくよりずっと速くに距離を取る。
面白くなってきたじゃないか。
刀を抜いて、もう一度突撃する。
対武術はなにやら多少学んで来たらしいが、こいつは基本的に接近戦を得意としない。
刀を抜く事で距離を取ると読んだのだが、なまえは引かずに、更に間合いを詰めてくる。
実際悪くない判断であるが。
なまえにしては無理矢理であるような気がした。
どうやら覚えて来たことを俺で試そうという腹らしい。しかたがないから胸を貸してやろう。

「はっ!」

こちらが踏み込むタイミングでなまえも間合いを詰めて、俺より少し低い位置に居るなまえと目が合う。
戦う者の目だ。
なかなか、悪くない。
なまえは今、切っ先がどこへ向かうのか読んでいる、刀を振るう俺のすぐ傍について、思わず舌打ちをする。これは、実際動きずらい。武術だけでなく剣術もどこかで習ってきたらしい。小賢しいことだ。
そして、こうしてなまえの珍しい動きに気を取られていると、ひゅ、と本当にちいさく風切る音がする。どうにか回避するが、頬のあたりがぴりりと痛む。
ワイヤーを使う技術だけならば既に俺を越えているこいつ。
メインの武器のことを忘れてはいけない。
相当やるようになった。
だが。

「まだまだ甘い」

ぴたり、と刃を首もとで止めてやる。

「こんなかすり傷程度で安心して気を緩める奴があるか。大馬鹿め」
「いやー……、本当にそうですね…………、まだまだどころか、まだまだまだまだ、いやそれでも全然足らないかなあ」

刃を下ろしてやると、なまえはその場に倒れ込んだ。
ばたり、と背中から倒れて、空を見ている。
手合わせをしてほしいと言う内容のメールが送られて来て、数日後。確かに、大した成長ぶりだ。

「ふん。確かに俺に勝つには全然だ」
「流石師匠です。年季が違いますね」
「当然だ」
「でも聞いて下さいよ。行く先々で結構褒められるんです」
「ほう?」

筋がいいとかなんとかって、と嬉しそうに話をしている。
そんなことは知っていた。
今は、何か目標があるようだし、余計にだろう。俺にしてみればさして驚くようなことではない。根性も忍耐力も、継続力もこいつにはあって、必ずできる様になるのだとそんな気持ちをずっと持っていた。それだけのことである。
それだけのことだが。
やけに嬉しそうにしている。
俺は、こいつを褒めたことがなかっただろうか。
確かにポンコツだのアホだのバカだのといろいろと言った気もするが、全く褒めなかったという気もしない。
コソコソ隠れる技術だけは、随分上達したようだな、とかなんとか言ったような記憶もある。

「随分得意げだな」
「……? そりゃあそうですよ。褒められるっていうか、認められるのって嬉しいものですね」
「そうか。よかったな」
「?? そうじゃないですって」
「なにがだ」
「えーっと、んー、師匠のおかげですねって話ですよ。普通の女子高生の私じゃそんなこと言われないだろうし、そもそもなろうと思ってヒーローになれないですよ」

なまえは笑っている。

「だから、ありがとうございます。今ちょっと、師匠の弟子になってよかったなって思ってます」

く、と喉から小さな音が溢れる。
迂闊にも少し笑ってしまった。

「下らないこと言ってないでもう一度だ。剣術を習って来たんだろう。さっさと刀を持て」
「いいですけど……、銀色の何かを振り回すのツレと被るんですよ」
「知るか」

こんな弟子がいるのも悪くない。
こいつにそれを教えてやる事は、ないだろうけど。

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20160616:10話かあ、早いもんですねえ。
 
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