08 ご近所さんに格上げ


インターホンは見当たらなかった。
俺は玄関をノックをする。
手にはパーツ持ち運び用のケース。いつだか貸して頂いた超軽量のパーツが入っている。
しばらく待ってみたが、返事がないのでもう一度ノックする。
このパーツはどうやらなまえさんが作ったもののようで、かなり軽量化されており、かつ丈夫な素材が使われていて、他パーツとの互換性にも優れているのだと、博士がひどく驚いていた。
曰く、街の家電屋のレベルではない、そうだ。
相変わらず、出てくる気配はないので、更にノックをしたあとに、声をかける。

「すみません! なまえさ、」
「わかったからもうちょっと待って下さいお願いします!」
「あ、はい」

はじめてあんな大きな声を聞いた。
言葉通り待っていると、ゆっくりと扉が開いた。

「ごめん、来るなら来るで電話してくれるとありがたい」
「あ、すみません。先日、夕方はこちらにいらっしゃると伺ったもので」
「うん、言ったけど。なんか信じられないくらいざくっと距離つめてくるね、師弟揃って」
「ありがとうございます!」
「ほ、褒めてない」
「え……?」

項垂れるなまえさんに、俺は首を傾げるが、ここ数日でわかってきたことがある。
この人と仲良くなるには、あまり遠慮してはいけない。
遠慮していてはそこから先にすすむことはできない。
おそらく、彼女からこちらに踏み込んでくることはないのだ。

「上がってもいいですか!?」
「え、ええ……? パーツ返しに来ただけじゃないの?」
「先生のことをお話をさせて下さい!」
「いやごめん、言ってる意味がちょっと……」
「失礼します!」
「この人絶対おかしい……ちょ、わかったから、わかったから30分ね! ほんとに次の仕事の準備があるから!」
「はい! ありがとうございます!!」

俺はパーツをなまえさんに渡すと、彼女は「返してくれなくても良かったけどね」と言った。
流石に勝手に家の中を練り歩くのもどうかと思い、なまえさんを待っていると、リビングに通されて、冷たいお茶を出してくださった。
どうやらこの人は自分の生活に人が介入することをよしとしていないようで、俺が情報を集めた限りでは、彼女の好みや苦手なもの等を知っている客はいないようだった。
あまり自分のことも話さず、素性も明かさず。
だから、先生もあの人の名前すら知らなかったのだろう。
話を詳しく聞いたわけではないが、どうにもそんな感じだ。

「はい」
「これは?」
「え、お茶請け。いらない?」
「い、いえ、頂きます」

出されたのはかりんとう饅頭で、小さなフォークも付いている。
あまりにおいしそうだったので、「いただきます」と一口頂く。
たいへんおいしい。
それからハッとして、理由を尋ねる。

「何故?」
「何故って、君が押し入って来たからでしょ……」
「そう、ですか?」
「そうだよ……」

ならば、お茶すら出す必要はないだろうに。
先生の未来の奥方であるだけあって、思慮深い人のようだ。
聞かれていたらたたき出されそうな話しである。
たたき出すといえば、あの刀をこちらに向けたって良かっただろう。
俺の前に座って同じようにお茶を飲んでいるなまえさんを見ていると、なんだか不思議な気持ちになってくる。
自分の周りに線をひいて生きている、群れず驕らず、まるで先生のようだ。
お茶を一口頂く。

「なまえさん」
「ん?」
「なまえさんはご結婚されていませんよね?」
「……それ、サイタマさんの話じゃないのでは」
「恋人はどうですか? いらっしゃいませんよね?」
「しかも否定形で入るの割とひっかかるけど……」

ガンー!

「!」

お茶のコップを机に打ち付ける鋭い音に、思わずびくりと震える。

「ジェノスくん」
「は、はい!」
「私の情報だけを引き出そうっていうのは少し不公平では? いくらこの前お昼をご一緒させてもらったとは言え」
「それは、」
「ジェノスくんは?」
「え」
「ジェノスくんはかなり人気みたいだけれど、恋人は?」

にこり、と笑うなまえさんははじめて見たけれど、どうにも無理矢理家にあがったことを少し怒っているらしかった。
それに、彼女の言うことも一理あるかと、一通り質問に答えて行く。
こんなにもゆっくりと話をしたのははじめてで、思ったよりもずっと話しやすくて、穏やかな時間が流れていることに気付く。
冗談のようにはじまった会話だったけれど、なまえさんは俺の話を思ったよりも真剣に聞いてくれているようで、思わず聞かれていないことも話してしまったような気がする。
どうにも暖かくて時間を忘れてしまったが、お茶を飲み干すころには、もう彼女の指定した30分は過ぎていた。
からあん、と氷がその時間の終了を告げる。

「30分ね」
「あっ、ま、また来てもいいですか!!!」
「できればあんまり」
「ありがとうございます!」
「……」

なまえさんは肩を落として頭を抱えていた。

「なまえさん」
「ん?」
「今日はありがとうございました。とても、楽しかったです」
「それはよかったね」

やっぱり困ったように笑ったその表情は、ひどく綺麗だった。
サイタマ先生の横でそうして笑っている姿を、はやく、見てみたい。


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2016/1/5:ほんとうか?
 
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