◇短編 | ナノ



愛が生まれた日 日吉編

夜。学校の実験室。
忘れ物を取りに来た男子生徒。
そこへ聞こえてきた、女のすすり泣く声―――。
活字に没頭しきった脳内に広がった恐怖の光景。
だったが、ものの5分でそれは終わった。




…ふざけるな。
俺は今、見ての通り読書中なんだ。
ここは図書室、静かにするのがマナー。
なのに…あんたらときたら……!

鳳は宍戸先輩のことになると声が大きくなる奴だ。
宍戸先輩は、カッとなるとすぐ口を荒げる人だ。
つまり、この二人がが何かの会話に白熱し出すとうるさいんだよ。そして今のような状況だと周りの注目だって大いに浴びるんだ。気付かないのか?
しかも。




…何故、俺の前の席でそれを始めるんだ…!




………加えて内容がくだらなさすぎる。要はお互いに褒め合ってるんだ、公衆の面前で…このアホどもは。

確か鳳が今回のテストで学年3位になったという話が始まり。
先輩に褒めてもらいたかったんだろう。照れくさそうにそう話すと、宍戸先輩がへぇ〜と感心した声を出した。そして、続く褒め言葉。

やったな、長太郎!さすが俺の後輩な!…おまえって頭も良いんだよなぁ。

鳳はデレデレして、ありがとうございます、とか言って笑ってやがる。
こんな鳳はいつものことだ。
しかし。
…宍戸先輩がこんなに素直に喜んでるのは珍しいだろう。意外だ。
なのに鳳は顔色一つ変えない。
おまえにとっちゃ珍しくもなんともないってことか?俺が知らないだけで、宍戸先輩って普段はこんな感じなのか?……分からない。
そして、聞き逃しそうになったが、耳を疑うような最後の台詞。

おまえって頭も良いんだよなぁ。

……頭…も?………………も??
他の所もそうだけど頭も、って、そう言いましたか?
は?何言ってんですか、あんた。
何を素で褒めてるんですか。
混乱する俺の目の前で、更にエスカレートする宍戸先輩の発言。

おまえってさぁ、やさしいし、素直だし……。

…おい!
喜んでないでそろそろ話題を変えたらどうだ、鳳ッ!充分に褒めてもらっただろ!?
けれど、そこで軌道修正しないのがこいつだ。…クソッ。
宍戸さんより優しい人はいませんよー?俺、本当に尊敬してます!などと言い返す。
そこで宍戸先輩が、俺は口も悪ぃしそんなことねーよ、と言う。
そこへまた褒め言葉を2倍返しする鳳。
馬鹿か?

まぁ宍戸先輩は確かに口が悪い。
でも、その中に分かりにくい優しさを持っているのは、俺も最近知ったがな………じゃなくて。おい、そんなアホらしい会話をまだ続けるのか?
そろそろやめろ。
ああもう、どっちもだ。どっちも。


聞いてるこっちが恥ずかしいと思ったのは最初だけ。
腹が立ったのも一瞬。
もう呆れて言葉も出ない。

思えば予想し得たことだった。
二人が俺の前に居座り始めたときさっさと退席すれば良かったと、今さら後悔した。



昼休み。学校の図書室。
学園七不思議を読む男子生徒(俺)。
そこへ聞こえてきた、帽子の先輩と長身の同級生が賞賛しあう声―――。



脳内に広がった恐怖の光景は、馬鹿馬鹿しい現実にすぐさま打ち消されていった。




End.





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