愛が生まれた日 日吉編 夜。学校の実験室。 忘れ物を取りに来た男子生徒。 そこへ聞こえてきた、女のすすり泣く声―――。 活字に没頭しきった脳内に広がった恐怖の光景。 だったが、ものの5分でそれは終わった。 …ふざけるな。 俺は今、見ての通り読書中なんだ。 ここは図書室、静かにするのがマナー。 なのに…あんたらときたら……! 鳳は宍戸先輩のことになると声が大きくなる奴だ。 宍戸先輩は、カッとなるとすぐ口を荒げる人だ。 つまり、この二人がが何かの会話に白熱し出すとうるさいんだよ。そして今のような状況だと周りの注目だって大いに浴びるんだ。気付かないのか? しかも。 …何故、俺の前の席でそれを始めるんだ…! ………加えて内容がくだらなさすぎる。要はお互いに褒め合ってるんだ、公衆の面前で…このアホどもは。 確か鳳が今回のテストで学年3位になったという話が始まり。 先輩に褒めてもらいたかったんだろう。照れくさそうにそう話すと、宍戸先輩がへぇ〜と感心した声を出した。そして、続く褒め言葉。 やったな、長太郎!さすが俺の後輩な!…おまえって頭も良いんだよなぁ。 鳳はデレデレして、ありがとうございます、とか言って笑ってやがる。 こんな鳳はいつものことだ。 しかし。 …宍戸先輩がこんなに素直に喜んでるのは珍しいだろう。意外だ。 なのに鳳は顔色一つ変えない。 おまえにとっちゃ珍しくもなんともないってことか?俺が知らないだけで、宍戸先輩って普段はこんな感じなのか?……分からない。 そして、聞き逃しそうになったが、耳を疑うような最後の台詞。 おまえって頭も良いんだよなぁ。 ……頭…も?………………も?? 他の所もそうだけど頭も、って、そう言いましたか? は?何言ってんですか、あんた。 何を素で褒めてるんですか。 混乱する俺の目の前で、更にエスカレートする宍戸先輩の発言。 おまえってさぁ、やさしいし、素直だし……。 …おい! 喜んでないでそろそろ話題を変えたらどうだ、鳳ッ!充分に褒めてもらっただろ!? けれど、そこで軌道修正しないのがこいつだ。…クソッ。 宍戸さんより優しい人はいませんよー?俺、本当に尊敬してます!などと言い返す。 そこで宍戸先輩が、俺は口も悪ぃしそんなことねーよ、と言う。 そこへまた褒め言葉を2倍返しする鳳。 馬鹿か? まぁ宍戸先輩は確かに口が悪い。 でも、その中に分かりにくい優しさを持っているのは、俺も最近知ったがな………じゃなくて。おい、そんなアホらしい会話をまだ続けるのか? そろそろやめろ。 ああもう、どっちもだ。どっちも。 聞いてるこっちが恥ずかしいと思ったのは最初だけ。 腹が立ったのも一瞬。 もう呆れて言葉も出ない。 思えば予想し得たことだった。 二人が俺の前に居座り始めたときさっさと退席すれば良かったと、今さら後悔した。 昼休み。学校の図書室。 学園七不思議を読む男子生徒(俺)。 そこへ聞こえてきた、帽子の先輩と長身の同級生が賞賛しあう声―――。 脳内に広がった恐怖の光景は、馬鹿馬鹿しい現実にすぐさま打ち消されていった。 End. 前 次 Text | Top |