◇記念日 | ナノ



二匹のわんこ

目の前に長太郎が二人いる。

「…どういうことだ?」

一人は、慌てて今にも泣き出しそうな長太郎。
一人は、無表情で落ち着いた様子の長太郎。
少し雰囲気が違うようだが、あり得ないことに長太郎が二人、目の前に存在している。

「うわ〜ん、宍戸さぁん!」
「おはようございます、宍戸さん」

「おまえら…ちょ、長太郎か!?」
「そうです、俺ですぅ!」
「もちろん俺ですよ」

同じ声で重なる返事。
ますます頭が混乱してくる。

「なな、何でこんなことになってんだ?二人いるように見えんだけど」
「分かりません。朝起きたらこうなっていましてね。まるで分裂したようなんですが…」
「…どうしよう、宍戸さぁん…」

泣きだしそうな長太郎が潤んだ瞳で俺を見つめてすがりつく。
もう一人は落ち着いているのが救いだが、これは参ったな。
分裂。そうと知らなければ、まるで双子だった。外見は似ているが、二人の長太郎は180度雰囲気が違っている。
しかしどちらも長太郎というのなら、俺は一体どっちとダブルス練習すりゃいいんだ?
途方に暮れていると、もう一人の落ち着き感のある長太郎もこちらへ近づいてきた。

「おまえは大丈夫か?」

確認すると、長太郎はゆっくり薄く微笑んだ。

「別に大丈夫ですよ。ふふ、今日も可愛いですね、宍戸さん」
「おい、こんな時にふざけるんじゃねぇよ」
「ふざけてなんかいませんよ?」

そう言って俺の輪郭がすっと指先でなぞられる。
耳もとに囁かれる低い声。

「…ねぇ、俺が二人もいて混乱してるの?…困ってる顔、可愛いです」

瞬間、ぞくっと背筋が震えた。

「おまっ」
「ふ、反応しすぎ」
「…!」

こ、こいつ怖えぇ…!
恐怖に総毛立っていると、泣いてた長太郎が、黒オーラ丸出しの長太郎から俺を引き離してぎゅっと抱き寄せた。

「ちょっと俺の宍戸さんに変なことしないでよ!」

全身で威嚇する長太郎(こっちは白オーラとでも呼ぶかな)。
それに対し、黒オーラ長太郎はあっさりとしたようで突っ掛かるような態度を示した。

「おまえこそ、さっきから俺の宍戸さんに犬みたいにじゃれついて何なんだよ。…あ、そうか、ペットのつもりか。あはは。目障りなんだけど」

何だ、こいつのドス黒い雰囲気は。
けどよ、確かに長太郎ってこういう一面も…あるんだよな…。
いつも犬っぽいくせに、急にオオカミじみた真似すんだよ。嫉妬したり興奮したりした時とかさ。
今は自分相手だからなのか、より容赦のないかんじがする。

「お、俺は宍戸さんの恋人だよ!」
「はぁ?俺のモノに手ェ出すなよ」
「そしたら宍戸さんに選んでもらおうよ。絶対、俺を選んでくれるから!」
「別にいいけど」
「はぁっ?ちょ、ちょっと待て。どうして俺が選ぶんだ!?」

黒長太郎は俺に顔を近づけて、紳士的に手を包んできた。

「宍戸さん。俺のこと選んでくれますよね?そうしたら、あとでいっぱい愛してあげますよ。場所はどこにします?部室はどう?あそこはすごいスリルありますよね、ヤってる時に誰か来るんじゃないかって。……宍戸さんも好きですもんね?興奮してるのよく分かりますし」

「なっ」

「俺が宍戸さんとエッチするんだから!……ねぇ宍戸さん、保健室行きましょう?あそこは清潔だし、ちゃんとベットもあるし。俺なら宍戸さんの身体も労りながら、慎重に、ゆっくり優しくイかせてあげる。じっくり愛撫されるの好きだもんね?ギリギリまで焦らしてあげるよ?」

「おまっ」

的確に俺の羞恥心にダメージを与える言葉にどもっていると、黒オーラ長太郎にぐいっと引っ張られた。

「なにそれ。宍戸さんは乱暴にガンガンやられて理性飛ばす方が好きなんだよ」

今度は白オーラ長太郎に抱き寄せられる。

「違うもんね!宍戸さんは訳分からなくなるまでじわじわ焦らされてから攻められるのが一番感じるんだよ!」

「バッ…!恥ずかしいことで言い争うんじゃねぇよ、おまえら!」

耐えきれずに怒鳴ると、黒オーラ長太郎が顎を持ち上げてくる。

「ふ、顔赤くしちゃって淫乱ですね。宍戸さんって、恥ずかしがってるけど結局は俺とセックスするの大好きですよね」

「誰がおまえとエッチするって?宍戸さんは俺としかしないし!…ねぇ大好きだよ、宍戸さん。ずっと俺だけ好きでいて。あんなヤツほっとこう?」

白オーラ長太郎が俺に頬ずりしながら甘えてくる。
なんだよ…か、かわいいかもしれねぇ…ってちょっと待て。
言ってることはどっちも同じ、ヤるのが目的じゃん!

「おい…おまえいい加減に宍戸さんから離れろよ。腹立つな」
「やだ。離れない」

さっきまで微笑んでいただけなのに、怒りに表情が歪みだす黒オーラ長太郎。
あっという間に腰に腕がまわって引き寄せられる。
すると今度は白オーラ長太郎が俺を盗られまいと抱きしめる腕で更に引っ張り返してくる。
二本の腕に身体が強く引っ張られて軋むように痛みが走った。

「やっ、ん、…っイタぃ…っ」

げ、なんか変な声出ちまった。
二人の長太郎が同時に固まる。

「今の声…エロかわい〜…」

頬をピンク色に染めて、あからさまに喜んだっぽい白オーラ長太郎。

「もう欲情してるんですか?」

わざと俺の耳に吐息を掛けて話す黒オーラ長太郎。

「っ…見んな、やめろ!」

ちょっ。やばい。
こんな非常事態に俺って奴は、流されそうになってるじゃねぇか!
ダメだ、一旦冷静に…

「宍戸さぁん…俺と保健室行ってください」
「!?」

こ、こいつ!
意外に黒オーラよりヤるつもり満々じゃねーか!

「俺も行こーっと」

黒オーラ長太郎が爆弾発言を落としてく。

「ちょッ…俺は行かねーかんな!」
「来て、くれないんですか?」

う…その視線やめてくれよ…悪い気がしてくるじゃねーか。白オーラ長太郎め。
というよりも、さっきから何故か2対1になっているぞ。

「俺は別に三人でもいいですよ?宍戸さん、疲れちゃいますけど」
「!!」
「確かに朝からずっと非常事態で疲れました。まぁ…確かに興味ありますし…あっ、いえ、少し休みましょうか?宍戸さんっ」

そう言って俺を保健室という密室へ促す長太郎×2。
嘘だろ!
だ、誰か助けてくれ!!



End.





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