◇記念日 | ナノ



ししどさんのバカ!

思えば、それは朝練の時から始まった。
久しぶりに宿敵(と自分で勝手に思っているだけだろうが)の跡部と一騎打ちでテニスをすることになり、フォルトで負けを決めてしまった。

「ふん、宍戸はやっぱり馬鹿だぜ。なぁ、樺地?」
「……ウ…」
「うるっせえ!ちょっと調子悪かっただけだ…。あと樺地困らすんじゃねぇよッバァーカ!!」
「アアン!?」

あやうく殴り合いに発展しそうになったが、そこはダブルスの相方で、秘密の恋人である長太郎が間に入って止めてくれたのだった。





次は昼休みの休憩時間だった。
同じクラスに、口の悪い宍戸と対等にものを話せる活発な女子がいたのだが、彼女に言われたのだ。

「宍戸のバカ!鈍感!!」

人気のない廊下に呼び出されたと思ったら、これだ。
これ、チョコレート。
好き。
と、大きな声で言われた。
だから、おもしれー冗談だな!と笑ったら、チョコレートで殴られ……―――。

「宍戸はホーント、バカだし〜」
「うるせぇ。そんなつもりじゃなかったんだよ……」

教室に居づらくて屋上に避難して来たら、ジローにもやっぱりバカと言われた。

「いつもの冗談だと思っちゃったの?」
「ああ。あとで謝る。別に嫌いじゃない奴とケンカしたくないしよ」
「ししッ。漢気はあるのにな〜。鈍さがピカイチ!ピッカピカだし」
「今度からは女子にはもちっと気ぃ遣うって!」

ジローに笑われた宍戸が不貞寝すると、それまで黙っていた岳人がぽつりと言った。

「つーかさ、宍戸は用意してんの、チョコ?」
「…………は?」
「いやいや。鳳にやるだろ?」
「はぁっ?やんねーよ!なんで男が男にチョコやるんだよ!」

すると岳人は理解不能とばかりにキョトンとする。

「なんでって、彼氏じゃん!女同士だって友チョコとか言ってやってるしさぁ。全然、変なことじゃないだろ。一年に一回しかない特別な日だぜ?」
「………」
「あっ。バレンタインキッス、しろよな♪」

背景に花を咲かせて、すぼめた唇に人差し指。アイドル級に可愛らしい笑顔の岳人に、宍戸は呆気にとられて固まった。
おいおい。数ヶ月前に「鳳と付き合ってる」と告白した時に「キモい。ムリ」と苦虫を噛み潰したような顔で蔑んだのはどこのどいつだ?

「……つーか、用意してねーから」
「はぁ?お前なに考えてんだよ」
「や、一応は、ゆ、勇気っつか、出してさ。誕生日祝う約束したらアイツすっげぇ喜んだんだって。だからそれで安心だなと思っ」
「バカ野郎!それ絶対チョコもらえると思ってんじゃん!お前とラブラブに過ごしてチョコもらえると思ってんじゃん!?」

胸倉を掴んで揺さぶってくる岳人に、宍戸はもう何も反論できなかった。
確かに、そうかもしれない。

「そうだね。オートリにチョコやった方がいい。ちょっぴりムカつくけど」
「え?」
「ほらな」
「ほらなって、多数決かよ」
「違う。チョコでも渡して、冗談で済ませて振っちまった女子の気持ちを味わって来いっつってんだ」

「ねぇ、宍戸?バレンタインに、男の宍戸が、イケメン男子で年下のオートリにチョコやるって、けっこうドキドキすると思わない〜?男の矜持的な意味でも」


二人に間近で囁かれて、宍戸はそのときを想像する。
泣かせてしまった女子の顔も浮かんでくる。

無理だ。
宍戸が持っている勇気、あるいは気合いだけではその大技は出来っこない。

「やらなきゃダメだぜ」
「やらなきゃ、絶交してやるぜ」

「う……。でもチョコねぇし」
「あるし〜☆」
「えっ!?」

ジローが取り出したのは―――ポッキーだった。
たしかにチョコレート菓子だが。

「それって……」
「大丈夫、自分で買ったやつだよん。俺の栄養源だし欠かさないようにしてるし」
「そういやジローはポッキー切れたら乞食みたいに他クラス探し回るくらいの信者だったな」
「しかもムースポッキーだよ〜。ゴディバ!」
「は?」
「ポッキーの中じゃ最高級で超美味って意味だよ」

ジローはささっとリボンや布、キラキラしたシールでラッピングすると、それを宍戸に手渡した。

「おぉ!なかなか形になってんじゃん」
「家庭科の余りと、お菓子のおまけシールとか」
「あとは宍戸が仕上げして」

そう言って、ジローはハート型のシールを宍戸の膝に置いた。

「なっ、こ、こんなヤツ!」
「いやもう充分キラキラしてっから。見た目充分ダーリンアイラビューだから」

「ぐ……わ、わかっ…た……」


宍戸は勇気を振り絞り、大きなハートをど真ん中に飾り付けた。





「宍戸さん」

校門で待っていると、数分して息を切らした長太郎がやってきた。

「す、すみませ……いろいろ引き留められちゃって……」
「分かってるよ、色男」
「宍戸さん……」

てっきりいつも通り檄を飛ばされると思ったらしい長太郎は、ぽっと頬を赤くした。

「優しいですね。宍戸さん」
「別、に?」

なんだか身体がおかしい。
さきほどまで感じなかったのに、咽喉が渇いて、声がかすれそうになった。
鳳の嬉しそうな顔を見たら、急に難関ミッションが現実味を帯びてきた。
なんて恥ずかしいことをしようとしてるんだろう。
男の恋人を選んでおきながら、なんでこんなことしなきゃならないんだ……なんて、どうしても後悔に逃げてしまう。
でも、そんなんじゃ。

「ち、長太郎。ちょっと歩こう」
「はいっ。あ、俺んち行く前にコンビニ寄ります?」

(すっげ笑顔だし……)

こんなんじゃ、いつかもっと大きな問題にぶつかった時、守れない。
そして辛い結果に終わった時、俺はなんて馬鹿たったんだと後悔するんだ、一生。
長太郎を悲しませるかもしれないんだ、死ぬまで。宍戸はこくりとつばを飲んだ。

「いや、コンビニはいい。ちょっとこっち来い」
「え」

長太郎の腕をひっぱり、宍戸は路地裏に身を滑り込ませた。



「きゅ、急にどうしたの?宍戸さん」

「えっと……これ、チョコ」
「……す……好きだ、長太郎」


どうにか飾り付けたポッキーを少し高い胸に押し当てると、すぐさま後ろを振り向いた。
背後で慌ててポッキーを抱え込む音がした。

「ど、……」
「……っ」

耳も首も、熱かった。
拳が無意識にぎゅっとなって、つま先まで力んでしまうのに、同時にくらくらする。

「わ、笑いたかったら、いいぞ」

本心だった。
面白がられても、喜ばれても。恋をして、数ヶ月でも付き合えたんだから、そこに後悔はなかった。朝ならそんなふうには思えなかっただろうけれど。
かさ、とリボンを解く音がうしろから聞こえる。
いつのまに陽が傾いたのか、宍戸は自分の影を見つめていた。
それから、くすっと笑いがこぼれた。


―――どっちの?―――


「宍戸さんの、ばか!」


ドンと衝撃が来て、ぎゅうっと抱きつかれて。


「……大好き」


耳の後ろにちゅっとキスされたが、宍戸はやめろなんて言えなかった。
長太郎の鼻をすする音が落ちつくまで、この空気の中にいたい。
身体に回された手に、開封されたポッキーが握りしめられていた。

しかし、なんと。
そのど真ん中に、宍戸にも見覚えのあるものが。
宍戸、岳人、ジローの映ったプリクラが貼ってある。
「親友」とか「いちばん仲良し」とかハート型スタンプとか、ジローがはちゃめちゃに落書きしたものだ。

ラッピングされていたので、気付かなかった。
宍戸もつい、ふっと笑いをこぼした。

それから長太郎の両手を、自分の手のひらで包む。


「俺はお前が、いちばん大好きだっての」






END.

(Happy Birthday! Chotaro Otori!!)





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