花結び 2 あまり遠くに行くこともないかと、人気のなさそうな理科室の前でお礼を渡すことにした。 「あのさ…さっき言っちまったけど、チョコくれたのありがとう。うまかった」 「い、いえそんな!……う、うまく作れたか、心配だったんだけど…よかった…」 「えっ。あれ、自分で作ったのか!?」 「うん。…お菓子作り、好きなの」 「へえー…すごいな…」 「そ、そんなことないよ!ごめんなさい、もっと美味しいもの、あったよねっ。買えば良かったんだけど…わ、私…作りたくて…!」 また顔を赤くして、慌てて否定する春野。俺だったら自慢するところだ。 そんな手の込んだ物を贈ってくれたなんて。 ああ、きっと良い子なんだろうなぁとひっそり思う。 「いや、あんなうまいやつ初めて食ったよ!それで俺、買ったので悪いんだけど、お礼持って来たんだ」 「えっ!?」 「よかったら食ってくれよな」 マシュマロの箱を差し出すと、信じられないように「うそ…」と呟くものだから、だんだん申し訳なくなってきた。 恥を忍んでデパートのホワイトデーコーナーに行って、俺は勇者にでもなったかのような気分でいた。でもこんなに喜ばれるなら、俺も手作りした方が良かったのかもしれない。 (でも、全然話したことない人に、手作り…) ちらりと盗み見ると、春野は俺のあげたマシュマロを両手で大事そうに抱えていた。また頬がほんのり赤くなっている。喜びを表に出すのを堪えているような表情が、まるでなにか小動物のようで、可愛らしくてどきりとした。 「大事に食べるね」 「…おう…」 男とばかりつるんでいる俺には気まずいほどの、柔らかで、優しい空気。 (長太郎も、誕生日祝ってやったら、こんな顔してた) 春野を直視していられなくて、俺は顔を逸らして返事する。 その時ふと、視線を廊下の先に向けた。 そこには長太郎の姿があった。 「あ…」 長太郎はこちらを見つめて佇んでいる。 俺に気付いているはずなのに笑顔にならないその表情。 不意に、指先から凍りついていくような感覚がした。 「あ、鳳くんだよ」 春野の声に我に返ったのは長太郎も同じだったのか、そもそも聞こえたのかもわからない。でも長太郎は廊下を引き返して行ってしまった。 部活もないのに背負ったラケットをずしりと重く感じた途端、春野から伝染した不思議な温かさが、みるみる身体の外に出ていった。 「宍戸くん?」 『宍戸さん』 『宍戸さん、好き』 俺は長太郎の気持ちを受けとめるなんて言っておきながら、一ヶ月間、逃げていただけだったんだ。 前 次 Text | Top |