◇記念日 | ナノ



花結び 2

あまり遠くに行くこともないかと、人気のなさそうな理科室の前でお礼を渡すことにした。

「あのさ…さっき言っちまったけど、チョコくれたのありがとう。うまかった」
「い、いえそんな!……う、うまく作れたか、心配だったんだけど…よかった…」
「えっ。あれ、自分で作ったのか!?」
「うん。…お菓子作り、好きなの」
「へえー…すごいな…」
「そ、そんなことないよ!ごめんなさい、もっと美味しいもの、あったよねっ。買えば良かったんだけど…わ、私…作りたくて…!」

また顔を赤くして、慌てて否定する春野。俺だったら自慢するところだ。
そんな手の込んだ物を贈ってくれたなんて。
ああ、きっと良い子なんだろうなぁとひっそり思う。

「いや、あんなうまいやつ初めて食ったよ!それで俺、買ったので悪いんだけど、お礼持って来たんだ」
「えっ!?」
「よかったら食ってくれよな」

マシュマロの箱を差し出すと、信じられないように「うそ…」と呟くものだから、だんだん申し訳なくなってきた。
恥を忍んでデパートのホワイトデーコーナーに行って、俺は勇者にでもなったかのような気分でいた。でもこんなに喜ばれるなら、俺も手作りした方が良かったのかもしれない。

(でも、全然話したことない人に、手作り…)

ちらりと盗み見ると、春野は俺のあげたマシュマロを両手で大事そうに抱えていた。また頬がほんのり赤くなっている。喜びを表に出すのを堪えているような表情が、まるでなにか小動物のようで、可愛らしくてどきりとした。

「大事に食べるね」
「…おう…」

男とばかりつるんでいる俺には気まずいほどの、柔らかで、優しい空気。

(長太郎も、誕生日祝ってやったら、こんな顔してた)

春野を直視していられなくて、俺は顔を逸らして返事する。
その時ふと、視線を廊下の先に向けた。

そこには長太郎の姿があった。

「あ…」

長太郎はこちらを見つめて佇んでいる。
俺に気付いているはずなのに笑顔にならないその表情。
不意に、指先から凍りついていくような感覚がした。

「あ、鳳くんだよ」

春野の声に我に返ったのは長太郎も同じだったのか、そもそも聞こえたのかもわからない。でも長太郎は廊下を引き返して行ってしまった。
部活もないのに背負ったラケットをずしりと重く感じた途端、春野から伝染した不思議な温かさが、みるみる身体の外に出ていった。

「宍戸くん?」





『宍戸さん』

『宍戸さん、好き』





俺は長太郎の気持ちを受けとめるなんて言っておきながら、一ヶ月間、逃げていただけだったんだ。






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