花結び 1 『ずっとずっと、好きでした』 長太郎に衝撃告白されたバレンタインデーから早一ヶ月が過ぎた。 校内の桜も季節の変わり目を知らせるように、小さいつぼみを少しずつ色づかせている。 卒業式は終わったものの、本日ホワイトデーは登校日に指定されていた。 俺は下校する生徒を見送りながら、下駄箱に寄り掛かって人を待っている。 バレンタインデーには、机の中に一つ、下駄箱の中に一つ、長太郎との約束があるからと急いでいた下校時に一つ、チョコレートを押し付けられていた。 毎年ながらホワイトデーは困りものだ。 もらったなら返せばいい。けれど、それが無性に照れ臭い。 でも今年はハッと前日に気がついて、慌ててお礼を用意していた。 悩んでいる暇なんてなかった。 長太郎が俺を好きだなんていうからだ。そのせいで、一月分……いや一生分くらいの悩む時間は使い果たした気がするほど。 でも、あの日からも長太郎とはいい先輩後輩関係を続けている。 長太郎の気持ちは分かったけど、結局はそれで精いっぱいだったのだ。 そもそも同性に告白されるなんて、もっと大人が直面するレベルの問題じゃないのか。 どうすることもできずに、長太郎が俺を「恋愛感情で好き」という気持ちと、俺が長太郎を「後輩として可愛く思っている」気持ちが、かみ合わないまま同居し続けていた。 長太郎も俺を困らすまいとしているのか、前と変わらない笑顔で接してくれている。 そもそも、卒業してから会う機会が激減していた。 キスも、抱きしめられたのも、あの日一度だけだった。 マシュマロが入っているらしい、青いリボンでラッピングされた小さな箱。 それを握りしめ、俺はまばらに過ぎる生徒の波を見渡していた。 久しぶりに見る顔もいる。でも氷帝学園はレスカレーター式に高校進学する生徒が大半で、さして感慨もないんだが。 「……あ、」 見つけたのとほぼ同時、向こうもこちらに気付いたようだった。 待ち人。隣のクラスの女の子。図書室のカウンターに座っていた記憶があるが、話したことはあまりない。 なぜかびっくりしたようにそこに硬直されてしまったので、俺は待つのをやめてその子のもとへ歩み寄った。 「あの、春野さん?」 バレンタインチョコに添えられていた手紙を頼りに名前を呼ぶと、 「し…宍戸、くん、……さよう、なら」 彼女はぎこちなくそう呟いて、俺の横をさっと通り過ぎようとした。 「あっ、待って!その、バレンタインチョコくれたろ?」 慌てて手を掴むと、俯いた顔が、ぶわっと音がしそうなほど真っ赤になる。 しまった。こんな人通りの多い所で言うことじゃなかったんだ。 「ご、ごめん!…あー、あっちで、ちょっと話したいんだけど…時間あるか?」 「……は、はい……」 スタスタと歩きはじめると、背の小さい春野は小走りで付いてくる。ハッとして歩く歩幅を小さくした。 俺って歩くの早いのか?いや、長太郎も俺と同じくらいだよな。 前 次 Text | Top |