ほどけたリボン 長太郎の誕生日を祝うため、放課後は一緒に出かけた。 普段気を遣えない俺も、ちょっとでも楽しい気分にさせたくて、いつもよりにかにか笑ってた。 そうしたら、帰り道、キスをされた。 好きです、と言われた瞬間、気が遠のいた。 「ずっとずっと、好きでした」 語尾が震えている。顔を見上げると、大きな瞳に涙が一杯溜まっていた。 「長太郎…マ、マジか…」 「…はい。でも、気持ち悪いと思われるし、そしたらダブルス続けていけないだろうし、黙ってました。…へへ。宍戸さん、鈍感でよかった」 「う、うるせー」 俺が答えられたのはそれだけだった。 他の部分は、なんて言ったらいいのかすら頭が探そうとしなかった。もう真っ白。 長太郎は傷つきながらも想いを吐きだしたせいか、スッキリしたような表情だった。 「来月は宍戸さんも卒業だし、俺のことは、……いえ、今日のことはできれば忘れて下さい。俺は、先輩として宍戸さんを尊敬しています」 じゃあ俺は後輩として長太郎を、 そこまで思って、一言も発することができなかった。 いくら直視したくない事態だからって、何逃げようとしてんだよ。 上辺だけ取り繕ったって、長太郎は分かる。俺も分かる。それくらい仲良いんだよ。普段言わないけど、すっげえ仲良いんだよ、気が合うんだよ、コイツとは。 だからびっくりしたんだ。 どこも痛くないのに、目がじわっと熱くなってくる。 「し、宍戸さん?」 「…なんでそんなこと言うんだよ」 「……ごめんなさい……」 俯く長太郎に、少し罪悪感が芽生えた。 でも長太郎はずっと考えてきたかもしれないけど、俺は今さっき悩み始めたばっかりだ。いきなり言われて、どうしたらいいかなんてすぐに答えを出せるわけない。 なのに「忘れて下さい」って。 考える余裕もくれないのか。ちょっと意地悪じゃないか。 「長太郎は、そんなヤツだったか…?」 「…はい。ずっと、宍戸さんの知らないところで、こんなヤツでした」 長太郎はよく、捨てられた子犬みたいな目を発動しやがる。 今もそう。でもこれは知らないヤツの顔に見える。なのになぜか、今までの想い出が走馬灯のように駆けめぐる。意味がわからねー。 どの過去もなかったことにはできない。俺自身も急には変われない。変わらないフリとか、そういう器用なコトも無理だ。 「じゃあ、もう一回、よろしく、だ」 「………え?」 長太郎が、ビックリした顔をする。どこか諦観していた瞳が、光を取り戻したように見えた。俺は少し慌てたが、慎重に言葉を選んで、口を開いた。 「そ、そういう長太郎は、今まで知らなかったからよ。だから、もう…隠さなくていいっていうか、今日のことも…わ、忘れるとか、はしない」 「宍戸さん…」 「つ、付き合うって意味じゃねーぞ!お、俺は長太郎のこと好きなんだよ。好きって、フツーに好きって意味な!勘違いすんな」 「はい」 「だから…、なんつーか……縁切るみたいなこと、絶対しないでくれよ…」 そっと見上げると、長太郎はなんだか困った顔をしていた。 そうだコイツ、キスまでしやがったんだ。きっとヤケクソだっただろうから、先のこと考えてなかったんじゃないのか。 俺の願いにも兆しが見え始めた。 「俺は、長太郎とまた遊んだりしゃべったりしたい。高校でもまたダブルスしたいんだ」 「でも一緒に…たとえば着替えとか、やじゃないですか?」 「イヤじゃねえ」 「宍戸さんに彼女できたら、俺嫉妬するかも」 「後輩は面倒くさいくらいが可愛いんだよ!たぶん」 「今日みたいに我慢できなくて、抱きしめちゃったら?」 「デカい犬がじゃれてんだと思う。しつこかったら殴る」 矢継ぎ早に来る質問に、俺は考える間もなく答えていた。 「…お友達から、ってことですか?」 「友達もなにも、おまえ以外に相棒はいねーよ」 すると長太郎がマジで抱きついてきた。 さっそくかよ! 俺は驚いたが、鳥肌が立ったりなんてこともなかった。鳥肌って、いやべつに、長太郎だもんな。 「俺、宍戸さんの犬になります」 「はぁ?そんな顔でなに変態みてーなこと言ってんだよ」 どのタイミングで引きはがしてやろうかとハラハラしていると、耳元で聞いたことのないような、とびきり甘い長太郎の声がした。 「宍戸さん、好き。…大好き」 実は誕生日祝いの一環で、冗談でバレンタインチョコを用意していた。 ジローが絶対ウケると言ったのだ。 最後に渡して、笑って帰ろうと思っていたのに。 いま渡したら、俺までヘンな気持ちになりそうだ。 End. 前 次 Text | Top |