犬がスキ。犬が好きな人がスキ。 2 結局、ジュースをこぼしたラグはクリーニング行きとなった。雑誌も水気でブヨブヨ。 「ごめんなさい……。俺、何しに来たんだろう……宍戸さんに迷惑掛けてばっかりだ」 「もういいって何回言えばいいわけ?いつまでも拗ねてんなよ。うっとおしい」 そう言う宍戸の膝にはいまだにタケルがいる。 「……」 うっとおしい。バカ。アホ。無視。放置。二人の世界―――これまでのことが頭をぐるぐると回り、鳳はだんだん自棄になってきた。 「だって宍戸さん、構ってくれないんだもん!」 「だってとかもんとかデケェ男が言っても可愛くねーし。……ちょっ、おい!不貞寝すんな、人のベットで!」 「どうせ俺は可愛くないですよ。宍戸さんの言うことも聞けないし、ジュース二回もひっくり返すし到底賢いとは言えない後輩です……抱き………いえ、何でもないです」 「はぁ?何?もごもご言ってて聞こえねぇんだけど。あーもー何だよ!うじうじうじうじしてさぁ〜ッ!」 宍戸は段々と苛立ちを隠せなくなってきた。 鳳はベットに寝転がったまま腕で顔を覆う。 「さみしい……俺、さみしい。いいなぁ、タケルは……」 鳳の陰気さに、ついに宍戸は怒髪天を衝いた。 「あーっ!!も、ウッザい長太郎!!!」 「っ……!!」 けれど鳳も同じくらいの欝憤と寂しさを抱えていたのだ。宍戸に怒鳴られ罵られ、ガラスの心は無残に砕け散った。 「ししし宍戸さんのバカ!!鈍感!分からず屋!っでも好きだよ!けどバカ!バカバカバーカッ!!」 鳳は宍戸の布団を頭から被って飛んでくるであろう拳と檄をシャットアウトした。 宍戸のことだ。まずは拳だろうと身を固くする。 が、一向に飛んでこない。 「――っ、アホか……!」 怒声も大したものではなく。 (……?) 違和感を感じ始めた鳳に、何かが圧し掛かる。 「へ?」 何だろうと布団から顔を出せば、宍戸が自分に馬乗りになっていた。 宍戸が自分に馬乗り。 宍戸が馬乗り。 ――ししどさんが、うま、のり――!? 「どわーっ!!なな何し、何してんっすか!?」 「るっせぇな、構って欲しいんだろ?……お望み通り存分に構ってやるよ……」 宍戸はがばりと布団をはぐると、色っぽい――というより、嫌らしい笑みを浮かべた。 両手が艶かしく鳳の腰へ忍び寄る。 鳳は根拠のない期待と不安で頭がいっぱいになった。 「え、ちょ、宍戸さ!?―――ッ!ぷはぁッ!!わ、わはっ!ちょ。あはは!こ、やめて!やめてっ!!あははは、っ、こちょばしいっ!やめて下さい!あはっ、ひはははは!」 宍戸は身を捩る鳳を抑えつけて、脇腹をコチョコチョと乱暴に擽った。 「オラオラ!構って欲しかったんだろ!?」 鳳は抵抗したが、跨られている上に腹筋に力が入らない。 手足をバタバタさせたところで手加減のない拷問からは逃れられなかった。 活気に便乗したタケルがワンワン吠えながら部屋を走り回っている。 「ちが、ししし、宍戸さ!あはははっ!ん、あっ……。っははは!こちょ、ははは!ししし、やめ、あははは!やめ、てくださっ」 「あん?ここ弱いんじゃねえのぉ?長太郎くぅん??」 「やめ!!あはっ、あははは!たすけっ、だれか、助けて、っははは!」 「あー……そりゃ残念だったな……。シシドさん家は今な、みーんな留守だぜ?……だから叫んだって誰も来ねぇよ!ハハハッ」 「なっ……!?ちょ、やばい……!!まずいです、マジやめ、あはっ、ひははは!く、苦しっ、て!も、もう嫌だ――ッ!」 「ちっとも『ごめんなさい』が聞こえて来ねぇなぁ……?」 「ははは、ご、ははっ、め、なさっ、い」 「あんだってー?」 「す、て、は、すははは!―――拗ねてっ!……は、バカって、っ、言って、ごめんなさい!!」 鳳が真っ赤な顔をして死ぬ気で言い切ると、宍戸はぴたりと指を止めた。 「……よぉし。分かれば、よろしいんだ」 もっともらしく宣言され、鳳はようやく長い苦しみから解放された。 宍戸は鋭い目つきで鳳を見据えた。 「長太郎。わがまましたらどうなるのかよく覚とけよ?分かったな……?」 鳳は荒い息をしながら潤んだ目で必死にコクコクと頷いた。 まだ腰にある宍戸の手が恐ろしく怖い。 「よし!」 言葉と共にようやく腰から魔の手が離れた。 差し伸べられた時はあんなに魅力的に映ったその手。 「……はあ……」 全身に安堵が広がる。 「へばってんじゃねーよっ。こんなのまだまだ優しい躾だぜ?なぁ、タケル」 「ワンッ」 「はは……タケル、は、すごいね………ふはぁ……」 脱力した鳳はベットの枕元に座るタケルと目が合った。 ――ごめん。バカは俺だったね。 ――ワン! 一人と一匹、いや「二人」はそっとアイコンタクトを交わした。鳳が茶色い毛にそっと手を伸ばすとふわふわの額が擦りついてきて、指をペロペロと舐められた。タケルはとても幸せそうに尻尾を振っている。 (やっぱりタケルは可愛いな) なおも笑い疲れてぐったりしていると鳳に跨ったままの宍戸がおもむろに屈んできた。 いつになく穏やかな目をして微笑むと、銀の髪を優しく撫でた。 「長太郎、いい子だな」 (Thank you for 5555hit!!) 前 Text | Top |