犬がスキ。犬が好きな人がスキ。 1 日曜日の午後。 鳳は今日の空模様みたいに晴れやかな挨拶とともに、宍戸の部屋のドアを開けた。 「……なんでタケルがここにいるんですか?」 大好きな先輩と二人きりになって、あわよくばお近づきになりたいと思っている鳳にはちょっと邪魔な生き物がいた。 鳳の心は途端に曇り空になる。 「あ?」 「室内犬じゃないでしょう?」 ワン、とタケルが一声鳴いた。 宍戸の膝に蹲る、小憎たらしい茶色っぽい物体。その尻尾がパタパタと嬉しそうに揺れる。 「ちょっと風邪引いてんだ、コイツ。ほら、鼻乾いてんだろ?」 宍戸がタケルの鼻を見ようと顔を近づけた。すると家に入れてもらえてテンションの高くなっているタケルが、あろうことか宍戸の鼻と口をぺろりと舐めつけた。 またも大声で「ワン!」と吠える。 「ちょっ……!!」 「くすぐってえよ、タケル」 「ワンッ」 バカ犬っ! 鳳は心で叫んだ。口に出せば宍戸から怒りの鉄槌を食らうのは目に見えている。 それにしても何て事を。 自分は一度たりとも触れたことがない宍戸の唇を、そんなにも軽々しく奪うなんて! 「宍戸さ」 「ワン!」 「いい子にしてろよ?」 「ワン」 「えっと、宍」 「おうち入れて嬉しいのか。しょうがねぇヤツだな」 「ワンッ」 「……」 待って下さい。 オウチ?イイコ? なんて可愛らしい言葉遣いをしているんですか! 普段なら有り得ない。 愛玩動物の効力なのか、自分がその対象ではないからなのか。 鳳は悔しくも一人頬を赤らめた。 「早く風邪治せよー、タケルぅ……」 宍戸はタケルの首や背をグリグリと撫でた。タケルは気持良さそうに宍戸に身体を預ける。 クゥン、甘えた鳴き声を最後に宍戸とタケルは二人(一人と一匹)だけの世界に入ってしまった。 むしゃくしゃしても我慢するしかない。 この部屋では宍戸が「王様」で「法律」だった。ダブルスパートナーの後輩でしかない鳳と、飼い犬で風邪を引いているタケル。扱いの差は明白。 部屋は二つの空気に包まれていた。種族の垣根を越え深い絆で結ばれた宍戸とタケルからは幸福に満ちたオーラが溢れる。鳳は一度読んだことのあるテニス雑誌でも眺めるふりをして、そんな二人に羨望の眼差しを向けるしかなかった。自然、周囲には淀み荒んだ空気が漂った。 鳳は動物が好きだ。家では猫を飼っているし。 だからタケルも可愛いとは思う。 タケルも動物好きの人間は分かるらしく、鳳に唸ることはない。 けれど、そういうことじゃなくて。 宍戸が関わるなら、それは別問題だということ。 「タケル、いい子だな」 「クゥン……」 「おまえは本当に可愛いよ。俺の言うことよく聞くし、賢いし、抱いたら気持ちぃ……」 「ワン」 「俺も大好きだぜ、タケル。よしよし」 『長太郎、いい子だな』 『宍戸さぁん……』 『おまえは本当に可愛いよ。俺の言うことよく聞くし、賢いし、抱いたら気持ちぃ……』 『宍戸さんの方が断然可愛いです。大好きです』 『俺も大好きだぜ、長太郎。よしよし』 ……まぁ、……「よしよし」は完璧に犬扱いだけど……。 でも。 してくれるなら、してくれてもいい、ですよッ? きっと、よしよしの後は……ギュ、とか。 チュ、とか!? うわぁっ。 「あっ、コラ!長太郎!」 「えっ?」 宍戸にやっと声を掛けてもらえて嬉しくて、さらにピンク色の妄想に足を半分以上突っ込んだままだった鳳は、不穏な声に対し満面の笑顔で返してしまった。 「雑誌にジュースこぼすなよ!あーあー」 「わ!す、すみませんっ」 「何笑ってんだバカ野郎!早く拭けって!」 「すみませ……!」 鳳は慌ててティッシュを掴んだ。するとテーブルに勢いよく手をぶつけてしまい、せっかく避難させたコップを倒してしまった。 「あっ――!」 本末転倒。 「バッカ!!アホ太郎ッ!」 「す、すいません、すいませんっ!!」 前 次 Text | Top |