◇記念日 | ナノ



うたた寝ポエジー

サラサラと鳴る夏の風。
木漏れ日を肌に滑らせている小さい体に大きな手がぬっと伸びた。
樺地が意識を失ったままの芥川を持ち上げると、それは跡部の背へ乗せられた。

「チッ、忍足はどこ行ったんだ。使えねぇ奴だな」

鳳が言いづらそうに答える。

「えっと……女テニへ行きました。あの、向日先輩と」
「……ほう。あいつらは俺様にこんな仕打ちをした相応の覚悟があるってことだな?おもしれえじゃねぇか」
「あ、跡部先輩っ。忍足先輩達もちょっと休憩がてらという気持ちで行ったみたいでしたし、その、そんなつもりではないかと」
「あいつらの味方につくのか。鳳」
「……い、いえ」

青筋を立てる跡部に樺地がもう一度「やっぱり自分が持ちます」と言おうとすると、一足先にフォローが入る。

「ああ、気にするなよ樺地。それよりおまえは早く治るように大人しくしていろ」
「………ウス」

樺地が足首を故障したのは昨日のこと。
それから跡部は自らも多忙で暇がないというのに過剰なくらい樺地を気遣っていた(樺地はそんな跡部に改めて感謝と尊敬の念を抱いたが、当の本人は気付いていない)
芥川を背負ってしかめっ面の跡部は木の根元を睨むと、もう一人の大きな後輩に命令を下した。

「鳳、そこのバカは叩き起しておけ。練習中に寝るなんざレギュラー失格だ」

すると鳳は驚いた声を出す。

「え。宍戸さんだけ……ですか」
「ジローは後で俺が起こしておく。よく考えろ、今起こしてもこいつはろくな練習できねぇに決まってる」

相変わらず芥川を甘やかす跡部に鳳は苦笑した。
けれどまったくもって跡部の言う通りであるから文句はない。
鳳は木にもたれかかって居眠りをしている先輩の横に屈むと名前を呼んだ。

「宍戸さん、練習ですよ。起きて下さい」

叩き起すとは程遠い、優しい起こし方。
宍戸さん。
ねぇ、宍戸さん。
起きて下さい。
ゆらりゆらりと肩を揺らす手に宍戸の体が船を漕ぐ。
その煩わしい手つきを見ていると、逆に宍戸がぐっすり眠ってしまうのではないかと思う。

「とっとと起こしておけよ。行くぞ、樺地」
「ウス」

やぼったい鳳には付き合っていられないとばかりに、跡部は樺地を連れてコートへ引き返した。

「Zzz……Zzz……」

背中のいびきもいい加減にうるさいのだ。
とっとと部室のソファに放り投げてやろう。

歩きだした跡部の耳にふと、いびきに混じって鳳の囁きが運ばれてきた。


「ほら、起きてよ。宍戸さん」


他の目がなくなった途端にタメ口。
まったく、宍戸も甘やかし過ぎているようだな。
跡部は溜息をついた。


「起きて。朝だよ」


……朝だと?
呆れた台詞だ。
反吐が出る、呟いて苦虫を噛み潰したような表情になる跡部を、樺地が心配そうに見つめた。


「宍戸さん」
「んん……」
「ねぇ起きて。おはようしましょ?」


瞬間、首の辺りが無性にむず痒くなった。
あいつ恥ずかしいポエムは苦手だとか言ってなかったか?
まるで幼児に語りかけるようなあの口調は許せるのかよ。
訳が分からねぇ。
二人の会話から耳を背けるように跡部は足を速めた。


「ん……長太郎……」


するとようやく宍戸が起きたような声がした。
宍戸は後でグラウンド10周追加だ、と考えながら跡部はさらに悩む。
さて、朝練もサボっておいて放課後の部活までも惰眠を貪っているこの野郎の始末をどうするかだが―――


「わ、部活中ですよ」

…………アーン?


「そんなくっつかないで」
「まだ眠いんだよ……ジローがくっついてきてさ」
「もうジロー先輩いないよ。寝惚けてないで、起きて」
「寝てねぇよ。るせぇな、バカちょー……」
「ん?」
「………」
「ちょっ、可愛いことしないで下さい!」
「おまえのが可愛い」
「え?起きてるの!?」
「長太郎……俺、眠てぇわ……」
「だ、だからくっつかないで下さいってばっ。ぶ、部活が」
「んじゃ離れろよ、おまえ」
「それはできないです」
「ったく、わがままなやつだな……」


………あいつら………………何してやがる………。
怒りがわいたが、それでも跡部は振り返るのを躊躇した。部の規律を乱す部員達を注意したい気持ちと、公害を目にしたくないという気持ちがせめぎ合う。
そうしていると背後で鳳が参ったとばかりに溜息をこぼす。
ますますとろけそうになった声に跡部は不吉な予感がした。


「じゃあ、俺が起こしてあげる」
「……あー?」
「宍戸さんの、とっても目が覚めるやつです」
「んだよ」
「これです」


はい、顔上げて。
ちょっと首傾げてね。
そのまま俺の目をよく見てて下さい。


「ではゆっくりと目を閉じて、おはようのキスを――」

「――しやがったらグラウンド100周だからなテメェら!!!」



跡部の怒号が青空に響き渡ったとき、芥川の鼻ちょうちんが割れたのを樺地は見た。




End.

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