君となら 2 忍足の言うことはどうでもいいことのようでいてどこか引っかかる。 胸の奥で成長し始めた得体の知れないものに悩む宍戸に、隣を歩く鳳が声を掛けた。 「宍戸さん、どこか行きたい場所はありますか?」 「え?」 斜め上から、自分の答えを待ち望んでキラキラする視線が降り注いでいる。 その事態に一瞬、眩暈がする。 「あ、いや。特にねぇよ」 やべ。 言ってしまってからゲームセンターへ連れて行こうとしていたことを思い出す。 あそこへ行けばじっとしていることもないから、鳳に抱く妙な緊張感も騒ぎに任せて払拭してしまえる気がしたのに。 鳳が見たこともないような顔をするから、つい口が滑ってしまった。 「それなら映画でも観に行きません?」 「……は」 顔を上げると、嬉しそうに瞳を細めた鳳がこちらを見つめている。 その淡い光彩に惑わされて視線が絡めとられてしまう。 宍戸は動こうとしない目を必死に瞬かせて我に返った。 「映画館へ行きませんか」 映画館。 デートの定番コース。 不意に忍足の言葉が頭を過ぎり、誰にということもない後ろめたさが沸き上がる。 「え、映画か」 「え。あれ……で、でも、あの、この前観たいSF映画があるって言ってましたよね。えっと……あ、それとも、映画館は嫌とかですか?」 宍戸の曇った顔に、鳳はあたふたして言葉を並べた。 喜んでくれると思ったのだろう。 そういえば数日前、鳳にそんな話をした気がする。 鳳の好きな画家の名前など忘れてしまう宍戸と違って、この後輩は宍戸がなんとなく話したそれを覚えていたのか。 ……ということは。 忍足の言ったことはあながち外れておらず、自分のためになにか考えていてくれたのか? 長太郎が、俺のために? 「違う」 「え、」 「好きだよ」 胸のモヤモヤなんて今は忘れてしまおう。 せっかく二人で遊ぶのに、うじうじ考えごとをしてたくはない。 「映画館で見た方が良いに決まってんだろ。そうだろ?」 そう聞いたのに、鳳はつぶらな目を潤ませて固く見張ったまま何も返して来ない。 「長太郎?」 鳳はそこでやっと我に返り、パッと顔を赤くして口もとを押さえた。 「な、んでもないです、すみません」 「なんで謝るんだよ」 「え、あ。いやっ……」 再び動揺を大きくする鳳。 「はっきり言えよ。なに?」 宍戸は内心ハラハラしながら問い詰めた。 さっきから挙動不審な態度だったことに気付かれたのかもしれない。 なんて言い訳すればいいのだろう。 自分でもよく分かっていないのに。 すると少し躊躇したのち、鳳が呟くようにぼそりと言った。 「いえ、あの……今日の宍戸さん、いつもと違うから」 「えっ……」 「そわそわしてます」 「……そんなことねぇよ」 苦し紛れに言っても、鳳は聞く耳を持たなかった。 「こんなふうに宍戸さんと遊ぶの初めてじゃないですか。俺は宍戸さんとならテニスしてなくても楽しいんですけど、それは俺だけで、宍戸さんにつまらない思いさせたら嫌だなって思ってて……それで、宍戸さんの好きな映画なら楽しめるかと思ったんですけど」 鳳は落ち着きのない自分を隠すように襟足へ手をやった。 「でも、そわそわしたり急ににこにこしてくれるから……よく分からないけど、つまらなくはないのかな?って。……そういうのは、俺の勘違い、ですか?」 嬉しそうな、けれど切なげな表情。 二人だけのとき、時々後輩はこの顔になるのを宍戸は気付いていた。 そして、そんなふうに見つめられるのに自分が弱いことも。 「……つまんないわけ、ない」 その言葉が聞こえたらしい鳳が、みるみる間抜けな表情になる。 「ぇえっ!」 「何だよ。ヘンな声出しやがって」 「……や、だって、……宍戸さん、いつもより素直ってか、………変ですよ……」 その上失礼なことを平気で言う。 「あ?変だと?おまえこそ」 「俺?」 「目が怖え」 「な、なんすかそれ!ひどいですよ」 どこが違うんですか、と泣きそうな声で言って、突然、顔を近づけてきた鳳に宍戸の心臓が跳ねた。 「わ!いきなりなにすんだ」 「確認。いつもと同じ目です」 「いつもどうかなんて知るかよっ。おらどけ!映画館行くんだろ」 顔に熱が集中するのが分かって、宍戸は見られないように先を歩いた。 「え、いいんですか」 「……長太郎が誘ったんだからな。………任せる」 宍戸は頬を紅潮させて瞳を輝かせる鳳の表情を見ることはできなかった。 「はいっ」 けれどその声がありありと嬉しさを物語っている。 隣へ追いついて来る鳳を待ちながら、宍戸は思った。 どこへ行っても、何をしても。 こいつといられるならそれだけでいいなんて、おかしくて誰にも言えない。 End. (Thank you for the mutual link!!) 前 次 Text | Top |