君となら 1 すぐに見つけた。 下校する氷帝学園の生徒の群れから頭一つ分飛び出した後輩は、宍戸を待ち侘びて生徒玄関と携帯電話のディスプレイ画面を忙しなく見比べている。 しかしそれもすぐに止む。 自身を見つめる宍戸の視線を察知したのか、ぱちりと目が合った。 「あ」と口が形を作り、鳳はうれしげな顔をして宍戸のもとへ駆け寄って来た。 「宍戸さん。待ってました」 大きく弾む声色に生徒達の視線がにわかに集中する。 目の前からも期待のこもったまなざしを向けられ、宍戸はなんだか居心地が悪くなった。 そんなに楽しみにされても。 「わり」 生徒達の好奇の目は一瞬のことで、すぐに友達との雑談に戻っていく。 「いいですよ。俺、HR終わるの早かったんで」 鳳は周囲の視線に気付いていないのか気にしていないのか、またはきはきした声で「行きましょう」と宍戸を促した。 テニス部正レギュラーが注目を浴びるのは宿命みたいなもの。普段は一々周りの視線など気にしていないのに、なぜか今日は気になる。 そしてさらに神経を使っているのは、実のところ今隣にいる後輩だった。 鳳なんていまさら気をつかう相手でもないのに、宍戸は少し緊張してしまっていた。 「水曜日どこかへ出掛けませんか」と誘われたのは二日前。 どこへ出掛けるのかは知らない。遊びましょうと言われてついて来ただけ。 宍戸はひっそり途方に暮れる。 最初に感じていたわくわくした気分もどこかへ行ってしまった。 テニスでもしたらこんな気分は解消される、そう思っても手元には道具がない。部活は休みで、お互いラケットバックは背負っておらず、いつも通りテニス三昧というわけではないのだ。 だが、こんな気分になった原因は分かっている。 当日になって、正確に言えば今日の昼休みにこの状況が気掛かりとなってしまったのだ。 クラブメイトに放課後の予定を聞かれた宍戸は、鳳と遊びに行くことを話した。 「へえ。おデートするん?」 こういうふうに茶化すような話し方をする時の忍足はろくなことを言わない。 宍戸は無意識に警戒して眉をひそめた。 「遊ぶだけだよ」 「でも、遊ぶって何するん?どこ行くん?制服で、ラケットもボールも無いのに」 テニス一筋の宍戸が。 今やテニス一筋の鳳君と。 そう和やかな口調でじわじわまくし立てられ、顔を覗きこまれた宍戸はひやりとした。 「……分かんねえや。長太郎のやつ、誘ったくせになんも言ってなかったし」 視線を逸らすと忍足はふうん、と言った。 ラケットもボールもないのに何をするのか――言われてみれば、鳳と宍戸にはテニスしか接点がない。 パートナーであり、ライバルであり、親しい友達のようでもある鳳とはこれだけ近い関係にあってもいまだテニスだけが共通項だった。 それが無ければどうなるのかなんて言われても、別に変らないと思うし、深く考えることでもない。 そう結論付けたものの、すでに宍戸の頭の中には靄が生まれていた。 「ま、あいつのことやからなんか計画してそうやけど。たとえば……せや、美術館だったりしてな」 以前、鳳が好きな画家の話をしていたことを宍戸はぼんやり思い出した。 「遊びに行くんだぜ?カイジなんて見たくねぇよ、俺」 「宍戸それちゃう。魁夷やって。東山魁夷。……はぁ。賭博師と画家の区別もつかん宍戸に絵画鑑賞なんて無理なことくらい、鳳も分かってるか」 「つーかな、ダチをそんな気違いな場所に連れてくのは跡部くらいだって」 宍戸はもうこの話を終わりにしたかったが、忍足がふとなにか思いついたような顔をする。 「ほんなら。妥当なとこで映画館」 「映画ぁ?」 これはなんとなく想像できる。 宍戸は渋い顔をした。 「まぁ、ちょっと勘違いしたとこに連れて行くのも鳳らしいけど、あいつってデートの定番コースとか好きそうなかんじするやんか。ま、俺も初デートは映画派」 「デートとか言うな。それにもし長太郎が映画観に行くって言ったらゲーセンに引っ張ってくぜ。映画観てじっとしてるよりその方がいい。つかゲーセン行きてえや。そうすっかな」 「うわ、鳳かわいそやなぁ〜。下調べしてんちゃう?宍戸さんの好きそうな映画はどれそれ、これは観たいって言ってたやつ、とかって。入念に」 「なにを……」 言ってんだ、と突っ返そうとしたが、不覚にもそれを頭に思い浮かべることができてしまった。 忍足が言うと、胡散臭いくせに妙な説得力がある。 宍戸はつい鳳に対して不要な罪悪感を覚えていた。 「そんなの知らねえよ」 振り切るように言うと、忍足が肩を竦めて笑う。 「誘われたんやから任せてみればええのに」 そう言った忍足には、いつもの相手を見透かして反応を楽しんでいるような雰囲気はない。 芽生えていた反抗心がまるで別のものに変化していく気がして宍戸は気持ち悪くなった。 「任せるって、………つーか、まだデートっぽい言い方してねぇ?忍足」 「え?うん」 「否定しろよ」 宍戸が睨むと忍足は堪忍してや、と言って肩を叩くと横をすり抜け去って行った。 前 次 Text | Top |