◇記念日 | ナノ



Talk in sleep

※別にジロチョタではないです。








1時間目、2時間目、3時間目。
その日のジローはいつも通り、ときどき思い出したように数分だけ目を覚ましてはまたとっぷり眠る、というのを繰り返していた。
だが、ひとつだけ。
普段と様子が違った。

「……ちょ……たろ、………長太、郎……ねぇ、ちょう………」

いつにも増して寝言が多い。
しかもテニス部の後輩、鳳長太郎の名を延々とぼやくのだ。
徐々に会話らしきものに発展しては、名前だけの呟きに退化していくそれは聞いてるこちらとしては非常にもどかしい。
気がつけばその囁きは女子を中心にクラス中の注目を浴びていた。
なぜなら、芥川も鳳も全校の脚光を浴びる氷帝テニス部正レギュラーであり、その整った容姿や強い個性からも跡部を筆頭にファンがいるからだ。
どちらかというと芥川は「寝ぼけているところが可愛い。癒される」など、そのマスコット的な愛嬌から女子生徒に持て囃されている。鳳はその体格と容姿と性格とで2年ではダントツの人気者(主に女子)。バレンタインデーの騒ぎと言ったら、跡部の誕生日に並ぶ大騒動が発生する。これは鳳だけに限らないけれど。

そんな2人が夢の中で物語を繰り広げている。
芥川はどんな夢を見ているのだろうか。
誰もが言葉の続きを静かに待ち望んでいた。




だが、その中でただ一人、向日だけはそれを白々しい目で見ていた。
クラス一致の意見を向日は鼻で笑った。
寝ぼけているのが、可愛い?
とんだ勘違いだ。
あれは人畜無害に見えて、その実、周りの人間はかなりの迷惑を被っている。……まぁ、そのほとんどは樺地へ注がれるのだけど。
だが目を覚まさせたり、起こしたり、眠気を取ってやったり(全部同じだ)……とにかく面倒臭い。少なくとも向日の目から見て、芥川は癒しグッズでもなければ可愛くも何ともなかった。




「……ん………長……太郎、あの、さぁ……聞いても、いい………?」

4時間目開始から20分。
停滞していた夢が突如として展開を見せ始める。
教室が老年の教師一人を取り残して静かになった。
みんな、息をひそめて聞き耳を立てている。
女子は逞しい想像力をかき立てた。

二人は夢で何しているの?
テニスしているのかしらね。
一緒に遊んでるとか?
やーん。それ、かわいい!
それともさ、遠い異世界で旅しているのかなぁ。
素敵ね!それ。

ムニャムニャとあどけなく口元を動かす芥川に、教室内が微笑ましい空気に包まれた。
向日は呆れて溜め息をついた。
みんな騙されている、まったく。
と。
続く言葉が発せられた。




「長太郎ってさ……タチ?……ネコ……?」




空気は固まらないし、雰囲気やムードは音をたてて崩れたりしない。
だが、今はその現象が起こっていると言えるだろう。
向日は真っ青になった。冷汗が止まらない。もう一人の自分が身体を離れて現実から逃げていこうとする。

この男は、この男は、この男はっ。
寝言で友人達の秘密をばらす気なのか!?

向日だってまだ完全に理解できてはいないけれど、それでも、バカみたいに幸せそうにしている宍戸と鳳の小さな幸せを、これでも、ちょっとは願っているのだ。
それなのに、この男は……!
無意識のうちに、彼らのささやかな幸福を打ち砕こうというのか――?
右手を大きく振り上げると、隣の席なのを良いことに、覚醒しきるまでバッシバシと渾身の力を込めて遠慮なくその背に平手を打ちつけた。
他の生徒達は涙目の向日から視線を逸らすと黒板の数式に逃げ散った。













起床後。


あーもう、痛ってぇなー……。
もっとやさしく起こしてくれてもいーじゃん。
……まだビリビリするし。
がさつだとモテないよ。
え?……あぁ。
俺、なんと!


長太郎と結婚する夢見てたんだー!!


……うん、そう。マリッジ?結婚!
しかもけっこう大恋愛ね。
色々恋の障害あったりさ……うん、あれは久々長めな夢だった。
でも何とか二人で壁を乗り越えるんだけどね。

まぁそんでプラトニックラブな2人もついに初夜を迎えるわけだよ。
そしたら、さ。
そこで初めて2人とも男だって思いだしたワケ。これマジだし!
俺、俺、そん時さ、夢の中で『あっれ〜!?』ってなっちゃってーっ!!
夢って意味不明だよね!
なんで気付かないかなぁ〜?チョタとかすっげーガタイいいまんまだってのにね。


え?俺、跡部と駆け落ちする夢とかも見たことあるよ?
うーんと、まず貴族の俺と庶民の跡部が舞踏会で出会うとこから始まるんだけど……話さなくていいの?あ、そう。
あーっ!ていうかこれってさ、これってさ………もしかして、欲求不満、なのかなぁ、俺。ねえ、岳人ー?






……どうもこうもない。

ともかく。
そんな幸せそうにポッキーを食べている場合ではない。

一刻も早く後輩の誤解……と言えるのか微妙なラインの誤解を、解いてやらなければ。

向日は芥川の首根っこを掴むと立ち上がった。




End.





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