◇記念日 | ナノ



Sweet silent night 2

「……ま、待って下さい。もうこんな遅い時間ですし、夜道は危」
「帰る……っ」

宍戸は少し声を強くした。瞬いた睫毛がうっすら湿っている。
鳳は再び焦燥と罪悪感に苛まれた。

「宍戸さん、ごめんなさい。もう何もしないからっ……、あの、帰るのだけは、危ないから、どうか」
「帰る……!」
「わっ」

枕が顔面目掛けて飛んできた。
鳳が腕で防ぐと宍戸は落ちた枕をもう一度投げてきた。

「帰る!」

また投げる。

「いたっ、ご、ごめんなさい!宍戸さん、ごめんなさいっ……」
「帰る帰る帰る帰る!」

宍戸は鳳に全力で枕を投げ続けた。
鳳は必死に謝ったが勢いは少しも止まらなかった。
怒りが治まるならそのままでもいいと思っていたが、これがなかなか終わらない。
このままでは話もろくに出来ない。

「宍戸さん、すみません!」

しばらく耐え続けてから鳳は枕を受け止めた。

「……っ!」

腕に抱え込むと、鳳になるべく近づきたくない宍戸はうろたえて手を引っ込めるともう枕を奪いに来なかった。
その行動に少し傷つく。

「ごめんなさい、宍戸さん!でも、帰るのだけは、心配だからやめ、」

てください。
続きは声にならなかった。

「帰るっつってんだろ――!!」

叫びとともに宍戸の手が振り上げられ、何かを投げてきた。
反射的に目を閉じると不思議な感触が顔に直撃した。
すごく近くから甘い匂いがする。

「…………」
「…………」

目を開けると、顔や身体にチョコレートケーキの残骸が付着していた。
鳳が宍戸に襲いかかったために、テーブルに置きっ放しになっていた手付かずのクリスマスケーキ。鳳の分。ちなみに宍戸のは、チーズケーキ。
鳳も放心してしまったが、投げた本人も放心状態だった。
空の皿を手に持ったまま、やってしまった、という顔をしている。
しかし宍戸によるチョコレートケーキ投下で、ケンカ紛いの攻防は完全に停戦した。
いち早く鳳が正気に戻る。

「………あ……、宍戸さん、ティッシュ取って下さい。動けないから」

動いたらベットにまで被害が広がる。すでに枕は悲惨なことになっていたが。
宍戸はびくりとした後、慌ててティッシュを取った。

「すみません」

手だけを動かしてティッシュを受け取った。
宍戸の顔に、ごめんと小さく書かれている。
鳳は宍戸の落ち着きが戻りつつあるのを感じ、内心ホッとした。
ケーキは左頬あたりに飛んで来たと思ったが、改めて見ると上から下まで被害は結構な広範囲だった。
悲惨なまでに汚れた顔を拭う。
ああ、生クリームでデコレーションされたケーキなんかにするんじゃなかった。
シャツやズボンに落ちたケーキもこれまた原形を留めておらず散乱している。おしぼりが欲しいところだ。
なんとか動ける状態になると、前髪に付いたクリームを取る。
ふと宍戸を見ると、黙々と髪の毛を拭っている鳳を申し訳なさそうに伺っていた。

「あの……髪の毛に、まだ付いてますか?」

頭は見えないので拭きとれたかどうかわからなかった。
反応が返ってくるか不安になりながら、向かいに呆然と座る宍戸に控えめに尋ねてみた。
宍戸は、あ……、と唇を薄く開けると、鳳の頭に指をさしかけ、続いて酸素不足の魚のようにパクパクと口を開閉させた。
そうして少しの躊躇をした後、覚悟を決めるとティッシュを一枚掴み、そろそろと鳳に近づいてきた。
髪におずおずと手がのびてきたので、鳳は目を閉じてゆっくりと俯いた。
つんつんと髪の毛が引っ張られて、しばらくしてシーツが擦れて宍戸が離れていく音がした。
「もういい」と不機嫌に声が掛かる。
鳳は瞼を開くと慎重にベットから降りた。

「お先にすみませんが、シャワー、浴びてきますね」

宍戸は眉をしかめたままこくんと頷いた。
その間に宍戸が帰ってしまわないか少し心配だったが、たぶん帰らないと思う。
気まずい空気はかすかに和解を望んでいた。
鳳はバスルームに行くため部屋を出ていこうとした。
戻ってきたら、冷静になった宍戸と話をしよう。
そう、心に決めて。

「……ちょうたろ……っ」

直前、宍戸が小さく叫んだ。
ベットから降り駆け寄ってくる。

「はい?」
「………」

けれど何も言わない。

「あの……宍戸さん……、ごめんなさい。宍戸さんの了承も得ずに、嫌なことをしました。……でも、どうか、その、帰らないで。こんな遅い時間に帰すのは心配だから。もう絶対にあんなことしませんから……」

宍戸は何も言わなかった。けれど申し訳なさそうな、悔しそうな顔をしていた。
鳳は海よりも深く反省した。
あとでなんでも聞いてあげよう。たくさん謝ろう。たくさん好きだと伝えよう。
決して傷つけたいわけじゃないのだ。大切に愛したいのだ。

「とりあえず、シャワーへ」

行こうとするとセーターの裾を引かれた。

「宍戸さん……え、」

強引に俯かされ、パッと頬に唇が触れてすぐ離れた。

「まだ付いてんぞ。バカ」
「宍戸さん……」
「とっとと行ってこい。……帰んねぇ、から」

まだ許してねぇからな、あとでこってり絞ってやる、と訴えてくる拗ねた顔。

「……はい、宍戸さん。本当にごめんなさい」

そうだ。
自分は彼に優しくしたいのだから。
守りたいのだから。

「帰らないでくれて、ありがとう」
「……ん……」

情けない笑顔の鳳に、宍戸は素っ気なく返事を返してやった。
いつもより優しいなんて思ってから、いつも優しいかと思い直した。
それでも始まったばかりの二人を甘く包んでくれるのは、今日という特別な日だからだろうか。


ただずっと一緒にいたいだけ。

今夜はずっと、そばにいて欲しい。




End.

(Happy X'mas!)





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