◇記念日 | ナノ



Sweet silent night 1

目の前の吸いつくような肌に唇を這わせた。
するとすぐにくぐもった甘い声が上がる。
嬉しくて、楽しくて、とても興奮して。




あ……。

目の前に広がるお菓子の山に手を伸ばそうとしたところで、夢から覚めたような感覚。
ようやく自分がとんでもないことをしでかしたと気がついた。
けれどすぐに焦ることはできなくて、もう一人の自分がじっと冷静に状況を観察してしまう。そんなことをしている場合ではないのに。
自分の身体の下でシーツに縫い付けられている宍戸。
常の気高く自信に満ちた表情はその面影もなく弱り果て、苦しそうに赤く色づいて。
掠れた小さな声で、いまだ諦めずに必死に「やめろ」と鳳を説得し続けている。
宍戸が大声を出さないのは、家に家族がいるから。
しかも鳳の姉はドア二つ向こうのすぐ近くの部屋にいる。
母と祖母は階下の居間だったか。
こんな危機的な状況でも気を使っているのか、自分達の関係をなんとしても隠したいのか、宍戸はテレビから盛んに流れるクリスマスソングに紛れるような声しか出さない。
けれどそれも震えて熱を持ち、嬌声も混じった抵抗ではまったく逆効果だった。
だから自分はこうして理性を失くし、乱暴なキスで迫って、逃げようとする身体を押し倒し、シャツを剥いでそして―――もっとその声を引き出そうとベルトに手を掛けたとき、鳳が解放した片方の手で宍戸が止めにきたのだった。
……やめ、て、くれよ……。
怯えきった非力な手。
今にも泣き出しそうな声。
一気に理性が復活した。

「―――っご、ごめんなさい!」

いつのまにか力の限り抑えつけてしまっていた宍戸の手首を慌てて離した。
ようやく普段の自分が戻ってくる。
後輩な自分。優しい自分。控えめな自分。
対する欲に塗れて本能のままに目の前の身体を弄っていた鳳長太郎は、最悪な状況と罪悪感、熱くなった身体を残してどこかへ消えた。

「俺、あ、の、」

混乱しながらも宍戸から身体を離す。
身体の熱はなかなか引いてくれない。だが下半身が反応していないのがせめてもの救いだった。
どうしよう、どうしよう。頭がいっぱいになる。謝らないと。とにかく謝らないと。
でもうまく言葉が出てこない。
後悔が広がる。
それよりもまずきちんと謝らないといけないのに。

「……っ……」

宍戸は赤い顔でふらつきながら上半身を起こし、そろそろとベットの端に寄った。
脱げかけていた青い帽子が枕元からストンと落ちた。
こんな時に首筋に付けてしまった赤い痕に目が行ってしまう。
その身に宍戸の身体の感触を十分に残したまま、鳳は反対のベットの端に後ずさった。

「俺、あの、宍戸さんに、勝手な、ことを、………ごめんなさいっ……」

宍戸は荒い呼吸を悟られまいと我慢して、膝を抱え俯いてしまった。
震えそうな手が肌蹴たワイシャツの襟をまとめて握りしめる。鳳の目から隠すように。
深く後悔に呑まれた。

「っすみません、宍戸さんの気持ちも聞かずに、俺、」

酷いことをしようと。
そこまで言うと下を向く瞳がわずかに潤み、小さく唇を噛みしめた。
鳳は鈍器で頭を殴られたような衝撃を受けた。
宍戸をとても傷つけてしまった。

「ご、ごめんなさい宍戸さん……!本当に、俺、バカなこと……すごいバカなことした。……ごめんなさい……!」

反応を返して来ない宍戸にますます焦る。
怒ったら罵声を浴びせて殴ってくる宍戸が何も出来ないほどにショックを与えてしまったのだ。
なんということを。自分は。
今日は楽しく過ごそうと、幾日も前から計画していたのに。
部活の鳳を待っていた宍戸を教室まで迎えに行って。
外で食事をして、遊んで、わがままを言ってケーキも二つ買った。それから予定通り家に宍戸を泊めて、まったりとした時間を過ごそうと考えていたのに。
全部、ぶち壊しだ。

「ごめんなさい……っ」
「………」

あれがいけなかった。
鳳のベットにくつろいだ宍戸が伸びをした時に見えた、腰のライン。日焼けしていない白い肌から目が離せなくなって。
そのあと硬直した自分を「どうした?」と伺う宍戸の、ちらりと覗く鎖骨を見てしまえば。
自然と上目遣いになった黒い瞳を見てしまえば。
欲望に陥落するのはあっけないほど簡単なことだった。
そういえば、今日のことが楽しみで頭がいっぱいで、しばらく自主的に性欲を吐き出すこともしていなかったなんて、今頃になって思い出した。
小さな原因かもしれないが、それが積み重なるとこうなってしまうのだ。
今さら突き止めたところでどうにもならないが。

「………帰る」

とても小さく呟かれた声。

「え……?」
「帰、る。俺」






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