◇記念日 | ナノ



呼んで

宍戸さん。ねえ、宍戸さん。ねえねえ。


……さっきから俺は部活の後輩に呼び続けられている。
「宍戸さん」を連呼するこいつ――長太郎は、俺がレギュラーを下されて、また復帰するに至るまでを支えてくれた奴だ。まぁ、その後なんとかレギュラーにも復活できて、ついでに俺達はダブルスパートナーになったんだけど。今じゃ学年違うのも気にならないくらい、仲も良いんだぜ。
でも俺がシングルスやってた頃なんて、ろくに会話もしたことなかった。後から長太郎もレギュラーになって、練習中は近くにいたけれど、決して仲が良いとは言えない関係だった。俺は後輩に好かれるタイプじゃなかったしな。

「宍戸さん」

……。それがどうして「レギュ落ち」した俺が長太郎を頼ったのかというと、こいつには部内ナンバーワンを誇るスピードサーブがあったから。
どっかの泣きボクロの助言により、それを利用すればレギュラーに戻れる可能性があると知った俺は、なんら親しくない長太郎(その頃は「鳳」って呼んでたな。鳳ってのは長太郎の名字だ。珍しい名前だよな)にレギュラー復帰のための特訓に付き合ってくれないか、と申し込んだのだ。

「宍戸さん。ねえ、聞こえてます?聞こえてるよね?」

…うるせぇな。聞こえてるよ。それをあえて無視してるって、そろそろ気づいたらどうだ?
おまえと話する気分じゃないんだよ。今、回想してるんだ。そっとしとけ。…いや、目の前にいる奴のこと考えんなって話だけどよ。ちょっとさ…昔はこれっぽっちも仲良くなかったなぁってことを思い出したんだよ。しんみりと。俺だって感傷的になることもあるさ。
ていうか、昔は俺が長太郎を「鳳」って呼んでたように、おまえだって俺をちゃんと「宍戸先輩」って呼んでただろ。それが今じゃ「宍戸さん」だ。たまに「ししどさぁ〜ん」にもなる。おまえ最近調子乗ってねえ?
あの頃は長太郎の視線に気を良くしたもんだ。
“とても尊敬してます!”っていうまなざしでじいっと見つめられてみろよ。俺はもちろん自分のためにテニスを頑張ってるけど「こいつの目は裏切れない」とか「一緒に勝利を味わいたい」とか思うわけ。
それで、試合で良い結果が残せたりしたら「やりましたね、宍戸さん!」って、最高の笑顔を向けられるんだぜ?あなたのために頑張りましたとか、あなたとだから勝てたみたいな言い方しょっちゅうするし、常に敬われて慕われてさ。かわいがってやりたいって思うじゃん。
それでつい「宍戸さんって呼んでもいいですか?」って聞かれた時「じゃあ俺も長太郎って呼ぶ」なんて答えちまったんだけどさ。
それに、俺、兄貴はウザいのが一人いるんだけど弟が欲しかったんだよ。小さい頃、いつだったか親にそう言ったら犬を与えられた。うん、犬もめっちゃかわいいけどな。うっわ、今、忍足みたいなこと言っちまった。めっちゃとか。
だから、長太郎とか弟っぽいし、手元に置いておけてちょうどいいっつか…

「宍戸さん。しーしーどーさんっ。起きてよー」

おまえ、それ、わざとだろ。
俺が観念して返事するまで、そうやって「聞こえてる?」とか「起きてるんでしょ?」とか俺の都合も無視して呼びかける気だろ。
だから起きてるし聞こえてんだよ!ただ、てめえと会話したい気分じゃねえ。
俺、そういうオーラすっげえ出してるつもりなんだけど。青学の一年じゃねえけど、たぶんあれくらい出てるぜ?なーんでそんっなに空気読めないのかなぁ、長太郎君は。
そういや最近、こいつの喋り方変わったような気がする。変わったっつーか、たまに敬語使ってねえ気がする。いや気のせいじゃなくて今もタメ口だったぜ、おい。
おまえ、そこは線引きしとこうぜ?俺達は先輩後輩…ってうあーっ、嫌なこと思い出した!
この前さ、この野郎、二人で部室で着替えてたら急に「…亮」とか呼んだんだ!くっそ、この、長太郎め!先輩の名前呼び捨てにしやがったな。ふざけんなよ後輩の分際で!って腹が立った俺は、腹が立ち過ぎたのか、それを言葉にすることも出来ず「ギャー!」って叫んで長太郎を殴り飛ばした。しかし今考えても「ギャー!」はない。
顔面にでも一発決めてやりたいほど怒りを覚えたんだが、優しい俺はあいつの腹めがけて拳を叩きこんだ。次の日、頬青くしてる長太郎なんか見たら居た堪れないだろ。色素薄くて白っぽくて、照れたりするとふわーって薄い血色に染まる頬が、どす黒い青紫に腫れるんだぜ?見てられねえよ。そんな長太郎に回りウロウロされたら、俺にDV疑惑かかるかもしれねえしな。「にっ、二度目はただじゃおかねえからな…っ!」で、許してやったよ。俺もなんか一杯一杯だったから、それで済ませたってのもあるけどよ。
ああ、あの時のこと思い出したら無性に叫びたくなってきた。

「宍戸さん…返事してよ…」

!ちょ、こっち来んな。触んなって。今、動けねえんだよバカ!つか返事するかボケ!

「……宍戸さぁん……」

おっまえ、待て!ほ…っんと、あーもっ…でかい図体して擦り寄って来んじゃねえよ…くそっ。
この強引で無神経なとこ、なんとかなんねえのかよっ?
あのな、テニス離れたってな、おまえは俺の後輩なんだよ。先輩の言う事はしっかり聞け。
今はやめろとか言わなかったけどな。拒否されないイコールOKみたいな公式を俺に対して組み立ててないか?俺はそんな許容範囲広い人間じゃねえぞ。知ってんだろ。

「…じゃあ、聞くだけ聞いてくれませんか?」

…なんだよ。勝手に喋り始めたし。つーかさっきから勝手に喋ってたし。
つまりな、さっきからな、おまえが口を開くたび、俺の首におまえの息がかかるんだ。くすぐったいんだよ。…もうはなれろよ、頼むから…。

「宍戸さん。ありがとう。好きです。俺、幸せです」

……もう、だめだ。
こいつといると、どうにかなりそうだ。
どうにかなって、とんでもねえこと口にしちまう気がする。

「それから、あの、そろそろ…顔見せてくれませんか」

さすがに背中向けたままでいるのも限界みたいだ。
長太郎の声がうるうるしてきた。うるうるしてきたって、目から涙が出てきたっぽい言い方だけどな、泣いてるとかじゃなくて、なんかうるうるするんだよ、長太郎の声。
そして俺はその声に激弱い。仕方ないから…振り向いてやるか。――っ、ちょっと動いただけで腰が痛えっ…!

「…宍戸さん」

正直、全然気持ち良くなかったし、激痛いし、長太郎のことは好きなんだけど、長太郎としたのは嬉しかったんだけど、急ぎ過ぎたんじゃないかって。
ちょっと、後悔した。
今じゃなくても良かったんじゃないかって。
俺達、出会ってから、その、す…好きになるまで、早過ぎんだろ?いや、気持ち良かったらとか、もっと時間かけたらいいっていうもんじゃないことも分かるけど。俺も止められなかったんだけど。

「好きです」

剛球打つ手のひらに優しく触れられたり、硬い胸に額くっつけたら案外気持ちいいってことは、今日初めて知ったこと。
涙や痛みと引き換えにしてでも知ることができて良かった。後悔なんて言ったけど、それを知らないで過ごすより全然いいなんて、馬鹿な俺は思ってしまう。

だから、つまり、その…俺も、俺もなんだ。


「大好きです、宍戸さん」


「…俺だって……好きだよ、おまえのこと」



ああ、くそ。こんなこと言える自分は知りたくなかった。




End.

(Thank you very much,44103hit!!)





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