◇誕生日 | ナノ



今日という日は


「今日は宍戸の誕生日やろ。え? まさか……知らんかったん?」

知らなかった、知らなかった、知らなかった。

俺はしばらく頭が真っ白になった。
そしてそれから、宍戸さんの誕生日を知っている忍足先輩が、ほんの少し憎く感じた。八つ当たりにもほどがある。
でもそれくらい、すごくすごくショックだったんだ。

宍戸さんと付き合い始めたのは、全国大会が終わった後。
もう一緒に試合に出ることもなければ、宍戸さんが練習に付き合ってくれることもない。そう思うと、密かに膨らみ続けていた恋心が爆発して、勢い余って告白してしまった。
でも、それを宍戸さんが受け入れてくれたなんて、本当に奇跡だった。
まだ恋人同士になって間もないけれど、毎日が慌ただしくも濃密に過ぎていく。
一瞬に新しい発見があり、一瞬に幸福を噛みしめている。
そうだ。先週の帰り道、はじめて手を繋いだんだ!

「つまり、浮かれて誕生日聞くん忘れてたってわけなんやな?」
「………」



悔しくも忍足先輩に何も言い返せず、俺は放課後、宍戸さんちへ直行した。
そして、小さく積まれたプレゼントの山と、宍戸さんの発言にあらためて愕然としたのだった。

「あー、言ってなかったっけか。うん。今日、俺、誕生日だぜ」
「ごめんなさい……俺、全然知らなくって」
「別に謝ることじゃねぇだろ」
「でもっ……俺は、宍戸さんの恋人なのに……」

最悪だ。俯いて、ただ唇を強く噛む。

「バカ。だったら祝えよ、ちゃんと笑顔で」

宍戸さんはそう言うと、俺の頬をつまんでにっこり笑った。

「……ししろさん……」
「ぶははっ。長太郎、変な顔」

もう本当に最悪だ。宍戸さんを幸せにしないといけない日なのに、すっかり俺の方が癒されてしまってる。
自惚れかもしれないけど、二人きりの時の宍戸さんってすごく自然体。肩の力を抜くだけでうんと子供っぽくなるその雰囲気に、俺の方が年下なのに、可愛いなぁって気持ちにさせられる。
それから頭なんて撫でられてしまうと、今度はその手に可愛がられたいと思ってしまう。

「宍戸さん。変なことで拗ねちゃってすみません」
「あー? 拗ねてたのか? いつもと変わんねぇし」
「い、いつもは違いますよっ。ねえ、宍戸さん。なにか欲しいものとかありますか?今日は間に合わないけど、きちんとプレゼント贈りたいです」
「別にねぇよ、欲しいもんなんて」
「なんでもいいですから」
「ないよ」

宍戸さんがこういうのはなんとなく予想できていた。テニス以外のことに関しては、まったく物欲のない人だから。
押し問答を繰り返したけれど、俺もこれだけは譲れない。
しつこく食い下がっていると、突然、宍戸さんが立ち上がった。

「だーかーら。ないって言ってるだろ、長太郎」

宍戸さんはしぶとい俺から逃れるように、後ろのベットにどかりと座りこんだ。

「宍戸さん」
「もう諦めろ」
「なんでも諦めちゃいけないって、宍戸さんが教えてくれたんですよ」
「……それは……。ああ、ったく……分かったよ」
「ホントですか!なんでしょう、欲しいもの」

宍戸さんは腕を組み、欲しいものを考え始めた。
その足もとで目を輝かせていると、しばらくして宍戸さんがなにか閃いたような表情に変わった。

「じゃあ、俺がビックリするようなすごいことしてみろ」
「えぇっ!?」

予想外の答えに、俺は困惑してしまう。

「えっと……物じゃあないんですね」
「おまえが親からもらった小遣い、こんなことに使えるかよ」
「けどジュースおごったりしてるじゃないですか」
「それは別」
「……え、ええ……?」
「そんなこといいから、早くなんかやってみろよ」

意味が分からない。
まだ宍戸さんを問い詰めたいところだったが、俺は腕時計を見て諦めた。早くプレゼントを考えなくては帰宅時間になってしまう。
ベットに腰掛けてどこか楽しそうに笑う宍戸さんの足もとで、今度は俺が頭を悩ませ始めた。

宍戸さんをビックリさせられるようなこと。
なおかつ、宍戸さんをお祝いできること。
なんだろう。ああ、なんにも思いつかない………ん? 待てよ。
―――そうだ。そうしよう。
イタズラにしかならないかもしれない。でも、今のこの気持ちを、精いっぱい伝えられる方法としたら―――。

俺は立ち上がると、不思議そうな顔をする宍戸さんのとなりに座った。
そして。


「……亮、」


宍戸さんが驚いて目を丸くする。
それを見て、俺は続行を決意した。手を握ると緊張してきて、微笑むつもりが、真剣な顔になってしまった。


「亮、誕生日おめでとう。大好きだよ」


卑怯だけど、逃げられないように不意打ちでファーストキス。
ほんの少しだけ触れて、すぐに離れた。
すると宍戸さんがみるみる赤くなっていく。見つめていると、俺にまで恥ずかしさが伝染しそうになる。

「……びっくり、しました……?」

怒られるかなと思ったけど、宍戸さんはなにも言わず、下を向いてしまった。
もしかして失敗だったかな。
けれど、不安になりはじめた俺の耳に、小さな声が届いてきた。

「……だけ、だから」
「え?」
「今日だけだからな、」
「えっ」
「名前とタメ口っ!」

そのあと感動に浸っていたら、なんにもしてないのに手を思いっきりきつく握られた。
でも繋いだ手は離れない。
俺はまだこっちを向いてくれない宍戸さんの手を、愛しい気持ちで握り返した。

今日からこの日は、二つも記念日がある大切な日に変わった。




End.

(Happy Birthday! Ryoh Shishido♪)





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