今日という日は 「今日は宍戸の誕生日やろ。え? まさか……知らんかったん?」 知らなかった、知らなかった、知らなかった。 俺はしばらく頭が真っ白になった。 そしてそれから、宍戸さんの誕生日を知っている忍足先輩が、ほんの少し憎く感じた。八つ当たりにもほどがある。 でもそれくらい、すごくすごくショックだったんだ。 宍戸さんと付き合い始めたのは、全国大会が終わった後。 もう一緒に試合に出ることもなければ、宍戸さんが練習に付き合ってくれることもない。そう思うと、密かに膨らみ続けていた恋心が爆発して、勢い余って告白してしまった。 でも、それを宍戸さんが受け入れてくれたなんて、本当に奇跡だった。 まだ恋人同士になって間もないけれど、毎日が慌ただしくも濃密に過ぎていく。 一瞬に新しい発見があり、一瞬に幸福を噛みしめている。 そうだ。先週の帰り道、はじめて手を繋いだんだ! 「つまり、浮かれて誕生日聞くん忘れてたってわけなんやな?」 「………」 悔しくも忍足先輩に何も言い返せず、俺は放課後、宍戸さんちへ直行した。 そして、小さく積まれたプレゼントの山と、宍戸さんの発言にあらためて愕然としたのだった。 「あー、言ってなかったっけか。うん。今日、俺、誕生日だぜ」 「ごめんなさい……俺、全然知らなくって」 「別に謝ることじゃねぇだろ」 「でもっ……俺は、宍戸さんの恋人なのに……」 最悪だ。俯いて、ただ唇を強く噛む。 「バカ。だったら祝えよ、ちゃんと笑顔で」 宍戸さんはそう言うと、俺の頬をつまんでにっこり笑った。 「……ししろさん……」 「ぶははっ。長太郎、変な顔」 もう本当に最悪だ。宍戸さんを幸せにしないといけない日なのに、すっかり俺の方が癒されてしまってる。 自惚れかもしれないけど、二人きりの時の宍戸さんってすごく自然体。肩の力を抜くだけでうんと子供っぽくなるその雰囲気に、俺の方が年下なのに、可愛いなぁって気持ちにさせられる。 それから頭なんて撫でられてしまうと、今度はその手に可愛がられたいと思ってしまう。 「宍戸さん。変なことで拗ねちゃってすみません」 「あー? 拗ねてたのか? いつもと変わんねぇし」 「い、いつもは違いますよっ。ねえ、宍戸さん。なにか欲しいものとかありますか?今日は間に合わないけど、きちんとプレゼント贈りたいです」 「別にねぇよ、欲しいもんなんて」 「なんでもいいですから」 「ないよ」 宍戸さんがこういうのはなんとなく予想できていた。テニス以外のことに関しては、まったく物欲のない人だから。 押し問答を繰り返したけれど、俺もこれだけは譲れない。 しつこく食い下がっていると、突然、宍戸さんが立ち上がった。 「だーかーら。ないって言ってるだろ、長太郎」 宍戸さんはしぶとい俺から逃れるように、後ろのベットにどかりと座りこんだ。 「宍戸さん」 「もう諦めろ」 「なんでも諦めちゃいけないって、宍戸さんが教えてくれたんですよ」 「……それは……。ああ、ったく……分かったよ」 「ホントですか!なんでしょう、欲しいもの」 宍戸さんは腕を組み、欲しいものを考え始めた。 その足もとで目を輝かせていると、しばらくして宍戸さんがなにか閃いたような表情に変わった。 「じゃあ、俺がビックリするようなすごいことしてみろ」 「えぇっ!?」 予想外の答えに、俺は困惑してしまう。 「えっと……物じゃあないんですね」 「おまえが親からもらった小遣い、こんなことに使えるかよ」 「けどジュースおごったりしてるじゃないですか」 「それは別」 「……え、ええ……?」 「そんなこといいから、早くなんかやってみろよ」 意味が分からない。 まだ宍戸さんを問い詰めたいところだったが、俺は腕時計を見て諦めた。早くプレゼントを考えなくては帰宅時間になってしまう。 ベットに腰掛けてどこか楽しそうに笑う宍戸さんの足もとで、今度は俺が頭を悩ませ始めた。 宍戸さんをビックリさせられるようなこと。 なおかつ、宍戸さんをお祝いできること。 なんだろう。ああ、なんにも思いつかない………ん? 待てよ。 ―――そうだ。そうしよう。 イタズラにしかならないかもしれない。でも、今のこの気持ちを、精いっぱい伝えられる方法としたら―――。 俺は立ち上がると、不思議そうな顔をする宍戸さんのとなりに座った。 そして。 「……亮、」 宍戸さんが驚いて目を丸くする。 それを見て、俺は続行を決意した。手を握ると緊張してきて、微笑むつもりが、真剣な顔になってしまった。 「亮、誕生日おめでとう。大好きだよ」 卑怯だけど、逃げられないように不意打ちでファーストキス。 ほんの少しだけ触れて、すぐに離れた。 すると宍戸さんがみるみる赤くなっていく。見つめていると、俺にまで恥ずかしさが伝染しそうになる。 「……びっくり、しました……?」 怒られるかなと思ったけど、宍戸さんはなにも言わず、下を向いてしまった。 もしかして失敗だったかな。 けれど、不安になりはじめた俺の耳に、小さな声が届いてきた。 「……だけ、だから」 「え?」 「今日だけだからな、」 「えっ」 「名前とタメ口っ!」 そのあと感動に浸っていたら、なんにもしてないのに手を思いっきりきつく握られた。 でも繋いだ手は離れない。 俺はまだこっちを向いてくれない宍戸さんの手を、愛しい気持ちで握り返した。 今日からこの日は、二つも記念日がある大切な日に変わった。 End. (Happy Birthday! Ryoh Shishido♪) 前 次 Text | Top |