◇誕生日 | ナノ



差出人は夜の淵に8




朝、携帯のアラーム音で目が覚めた。
やがて勝手に止まったアラームを不思議に思い、重い瞼を開く。
薄暗い部屋に、カーテンの隙間から朝日が差し込んでいる。

「おはようございます」

振り返ると、ぴたりと寄り添うように鳳がいた。

「あ、……はよ」

一気に昨夜のことが思い起こされる。
恥ずかしくなって、俺はまた閉め切られた窓の方を見た。
耳元に鳳の笑う気配がして、背中から抱きしめられる。
面映ゆいというには、ムードもなくマイノリティな状況だ。
なんとも言えない感覚だったが、心はどこか安らいでいた――のも、一瞬だった。

「………っやべ、仕事!」

次の瞬間、現実を思い出し、俺はびっくりする鳳の腕から抜け出してバタバタと服を探し始めた。

「いや、その前にシャワー…母さんにも電話しないと……あっ、ズボン!」

しまった。昨夜ビールをこぼしてしまったんだった。

「あ、水ですすいで干しておきましたよ。あと、今6時だから、そこまで慌てなくても大丈夫かと思います」

鳳の指さす方向を見ると、きれいになったズボンどころか、俺のスーツ一式がハンガーにぶら下がっている。

「あ…ありがとうございます…」
「宍戸さんって礼儀正しいんですね。もう敬語じゃなくていいのに」
「いや、…だって、長太郎…さん、年上…」

そういう鳳こそ敬語じゃないかと思ったが、俺と違って自然とそういう話し方になるようだった。

「そういえば宍戸さんって何歳ですか?」
「24…あ、25歳になったのか」
「えっ。年上なんだ」
「…え?」
「俺、23歳です」
「……嘘だろ」
「何歳だと思ったんですか」
「……にじゅう……ろく……とか?」

本当は28歳くらいだと思っていた。
歯切れ悪く答えると、鳳の返事にも間が空いた。

「……まあ、何歳でもいいですけど。よく老けて見えるって言われるんで」
「だって、背もでかいしさ」
「宍戸さんくらいのサイズだと可愛いですよね」
「…なんか年下だって分かると、すごい生意気に聞こえてくるんだけど」
「怒らないで下さい。昨日はなんでも可愛く照れてくれたのにな」
「うるさい。酔っぱらってたから、アンタが大人の男に見えたんだよ」

ハンガーからスーツを取ると、俺はシャワールームに飛び込んだ。
鳳の顔は見なかったけど、なんだかとても恥ずかしいことを言ってしまった気がする。
ふとシャワーを浴びる前にズボンを確かめると、少し半乾きだったがビールの匂いが消えていた。
昨日と同じスーツで出勤したら、忍足に問い詰められるだろうな…。
眺めていると昨夜の鳳のことまで思い出してしまい、俺は慌ててそれを置いた。




身支度を整えた二人は、電話番号を交換してホテルを出た。
朝を迎えた街は徐々に活気に溢れ始めている。

「宍戸さんはどっち?」
「ここからだと歩きだな。向こう」
「俺は電車です。じゃあ、ここでお別れですね」
「……」

何気なく沈黙すると、鳳がにっこり笑う。

「そんな寂しげな顔しないで下さい」
「っしてねーよ!」
「……好きです」
「…」

熱のこもった言い方をして、鳳は俺の手をきゅっと握った。
さすがに公共の場では弁えているらしい。

「まさかあの手紙が、こんなにいい人と巡り合わせてくれるとは思わなかった。宍戸さんのこと、今日だけで終わりになんてしないから。俺がしつこくて一途なの知ってて電話番号教えてくれたんですよね?」
「…そりゃ、知っててだけど。俺、まだ、その」
「逃がさないから」

低くなった声とともに、額にキスが落ちてくる。

「おまっ…!」
「いってらっしゃい、宍戸さん」
「……いってくる。長太郎も仕事頑張れよ」
「昨日の宍戸さんのこと思い出しながら頑張りますね」
「そーゆうのやめろ、バカっ」

鳳のにっこり笑顔を背に、俺はとっとと歩き始めた。
気になってちらりと振り返ると、鳳は俺を見送っていた。視線に気づくと、手を振って、反対方向へ歩いていく。

「はあぁ。なんかアイツ調子狂うぜ…」

俺は早くなる心拍数を自覚しないよう、革靴を鳴らし、秋晴れの街を走り出した。




End.

(Happy Birthday,Ryoh Shishido!)





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