◇誕生日 | ナノ



差出人は夜の淵に4





「タクシー、拾おか」
「…ああ」

店から少し離れたところまで歩いて、ようやく俺達は言葉を交わした。
あの男をストーカーだのホモだのと思ってしまったのは仕方ないものの、少し罪悪感が芽生える。
悪気はなかったにしても、彼の純愛を踏みにじってしまった。
忍足も好奇心でここまでやってきてしまったことを少し反省しているのか静かだった。

大きな通りに出ると、終電時間直後なだけあって満席表示のタクシーが何台も連なって流れていった。
うわの空の頭に、ヘッドライトの光だけがあの店から遠ざかっていることを知らせる。
タクシー乗り場へ向かって歩いてはいたが、途中で運よく空席のタクシーが走ってきた。
忍足が手を挙げると、それはピタリと俺達の隣に横付けされた。

「しーしーど」
「…えっ?」
「なにボーっとしてんねん。とりあえず飲み直すか?スッキリせんとあかん顔しとんなあ」
「…スッキリって…」
「ま、続きは俺ん家な」

忍足は後部座席に乗り込むと「はよ乗れや」と言った。
しかし、無理やり忍足に握らされた万札がその場に足を留める。

「おい、宍戸」
「俺やっぱ金返してくる!」
「えっ?」

慌てて財布から数千円取り出して座席に置く。

「運転手さん、行って下さい」
「え、ちょ、なに急に!」
「金返すだけだから心配すんな。忍足は先帰れよ。じゃあな!」

まだ忍足は引きとめていたが、俺は元来た道を走り出していた。





バーの重厚な扉を押すと、男はあのまま酒を煽っていたようだった。
カウンター席に近づくと、俺は意を決して彼に声をかけた。

「あの」
「…あなたはさっきの…」

振り向いて驚いた顔をした男は、俺が差し出した一万円札にキョトンとした。

「あと、手紙も返し忘れてたんで」
「…捨ててくれて構わなかったのに」
「じゃあ自分で捨てて下さい。それに、一万あれば、傷心を癒せるくらいは飲めるでしょう」

さらに手を前に差し出すと、男はじっと俺の目を見つめたあと、手紙と金を受け取った。

「ご友人はどうされたんですか」
「え?ああ、先に帰らせました」

すると、男は隣の椅子をくるりと俺の方へ向ける。

「じゃあ、一杯付き合ってくれませんか」
「えっ」
「話を聞いて欲しい気分なんです……ダメでしょうか?」

とっさに断りの台詞を並べたてようとしたが、男が手を引く方が早かった。

「あ、あの」
「シャンパンとウィスキー下さい」





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