◇誕生日 | ナノ



カミツレの咲く丘で 2

三時に居間へ降りていくと一足早く宍戸がいた。キッチンでお湯を沸かしながら、お茶受けの菓子を用意していた。
詳しく言うと宍戸はハウスキーパーとセックスドールの掛け合いでできたアンドロイドだ。けれど本来の性格を強く受け継いだせいか、やけにテキパキと働き者だった。
そばにいてくれるだけでいいのだから、もう少しのんびりしていて欲しいと鳳は思うのだが、宍戸に言わせると、そうすれば鳳のせいで家の中がめちゃくちゃになるそうだ。
そんなやりとり以来、鳳は大人しく宍戸を見守るだけにしている。
約束通りお茶を淹れるためキッチンへ入った鳳は「お疲れ様です」と声をかけた。
けれど宍戸はいつも同じ返事を返す。「機械は疲れねぇよ」と笑うのだ。

「長太郎は疲れてるのか?」
「……はい?」

ティーカップへカモミールティーを注ぐ鳳を眺めながら、宍戸はふと思い出したように呟く。
湯気からリンゴのように甘くて爽やかな香りが漂っている。

「前に、このお茶は気分が落ち着く作用があるって言ってたよな。仕事の時はカフェインばっか摂取してるおまえがこれって珍しいなぁと思ってよ」

アンドロイドの宍戸は以前より少し記憶力があり、鳳の趣味にも興味を向けてくれる。それが少しドキリとする。

「…ちょっと夢見が悪くて」
「ふうん」

宍戸はしばらく鳳の顔をじっと見つめていたが、目を逸らすとカップに口を付けた。
嘘は言っていない。
けれどこれ以上深く話しをすることはできない。

――この宍戸は何も知らないのだから。

日に焼けた頬を見るとまだ泥がべったりついていて、鳳は沈黙を埋めるようにそれを拭った。




その夜、ベットに入ると鳳の腰に細い手が絡みついてきた。

「なあ…」

艶やかさの含まれる声に、鳳ははっと目を開く。

「宍戸さん?」

宍戸は鳳の顔がこちらを向くと同時に首にしがみついてくる。

「…しばらく…やってねえんだけど…」

鳳の太ももに脚を擦り寄せ、胸に顔をうずめながら「今日もしねえの?」と宍戸が呟く。
こんなふうに積極的な宍戸は滅多になくて――昔からずっとそうだ――鳳はそれだけでひどく興奮してしまった。

「そんなにしてなかった?」
「他人事みたいな言い方じゃねぇか、こんにゃろう」

宍戸は鳳を睨みながらもかるく乗り上がってくる。キスが落ちてきて、何度も執拗に舌を絡めとられた。そうしてすっかり息が上がった頃、鳳と宍戸の態勢は逆になっていた。下になっている宍戸が鳳の下肢をそっと撫でてくる。

「ん…」
「反応早すぎだな。激ダサ」
「…宍戸さん。誘ってるんですか?誘ってないんですか?」

鳳がむっとして尋ねたが、返事はなく、代わりにぐっと首を引き寄せられた。
再びキスをしながら宍戸の下着をずらすと鳳は焦らすことなくそこに触れる。けれどそのうち、素直じゃない相手に意地悪したい気持ちになった。宍戸のものが硬く立ち上がってくると、あとはゆっくり扱き続けた。

「あ……ん、バカ」
「バカなんてひどい」

鳳は笑いながら言い返したが、宍戸はもう快感に飲み込まれているのか喘ぐだけだった。虚ろな目をする宍戸のシャツを捲り上げて、胸や鎖骨にも舌を這わせる。すると肌にうっすら汗が浮いているのを感じて、鳳は我慢できなくなり後孔も刺激し始めた。
少し性急に慣らし終えると、腹這いにさせた宍戸の腰を高く持ち上げる。

「宍戸さん…いい…?」

宍戸は肩で息をしながら、ちらりと鳳を振り返る。濡れた視線に身体がのぼせてしまいそうになる。何も言わないのを肯定と受け取って、鳳はゆっくりと宍戸の中に入っていった。
久しぶりにその感触に包まれると、鳳は途端に快楽に取りつかれてしまう。たまらずに抜き差しを激しく繰り返すと宍戸はせつなく鳴き始めた。
次第にこぼれる「もっと」「早く」という声に煽られて、鳳は飲み込まれそうになりながらも宍戸の感じるところを何度も突き上げた。

「長太郎…好きだ、…っ好、き…」
「…うん。俺も…宍戸さん、愛してる」

向かい合わせになり耳に囁けば、宍戸はきつく鳳の背にしがみついてくる。
宍戸が「好き」と口にしてくれるのは今も昔も滅多にない。その言葉を聞くと、いつも高揚とともに微かな痛みが込み上げてくる。
目の前の宍戸だけに集中しようとしても、どうしても浮かんでくる小さな影は消えなかった。
好き、愛してる、と返しながら鳳は目を閉じ、痛みをぐっと噛み殺した。

「あっ…長太郎、もう…っ」

苦しそうにそう漏らすと、宍戸は身体を震わせて達したようだった。小刻みにつよく締め付けられると、鳳も耐えられずに吐精してしまった。

宍戸を横たえ、抱きしめるとキスを落とす。
誘われるまであまり性欲を感じていたわけではなかったのに、気付けば暴走してしまった。
ただ、頭の靄がさっぱり消えている。結局は宍戸の「好き」という言葉を聞くと安心するのだろう。
隣でくたっと脱力している宍戸を観察して、鳳は今日はもう寝た方がいいかな、と思案した。
すると、そのまま眠ってしまうかと思われた宍戸がうっすら目を開けて鳳を見上げてきた。

「長太郎…」
「はい」

微笑みながら頭を撫でると、宍戸はぴたりと寄り添ってきた。

「何時?」

鳳はベットサイドに置いてある時計を見上げた。

「12時過ぎです」
「誕生日おめでとう」
「えっ。ああ!忘れてました」
「仕事…し過ぎなんじゃないのか?」
「そうかもしれないですね。気を付けます。祝ってくれてありがとう、宍戸さん」

宍戸は頷くとじっと鳳を見つめた。真っ黒な瞳が少し揺らいだように感じて、鳳は笑顔のまま首をかしげた。

「…俺、おまえのこと好きだよ…」
「俺も宍戸さんが大好きですよ。今日はいつもより素直になってくれるんですね、ふふ」

こんな言い方をしたら照れくさくなって怒るかなと思ったけれど、宍戸は鳳の胸に顔を埋めるだけだ。うれしい気持ちもあるが少し不思議に思った。

「何があっても、そうだから」

「…宍戸さん?」
「寒い」

顔をのぞこうとすれば宍戸がそう呟いたので、鳳は妙な気持ちを忘れて足元に丸まっていた布団を慌てて引き上げた。肩が隠れるまでふわりと被せると宍戸は蹲ってもう何も言おうとしなかった。

「疲れた。眠い」
「はい…俺も今日はぐっすり眠れそう……、」

そこまで言い、頭の中に電光が走ったかのような錯覚に陥った。

「ならもう寝よう。…おやすみ」
「おやすみ…、宍戸さん…」

鳳はなんとかそれだけ言うと、宍戸を抱き寄せ、暗闇を見つめた。
おそらく、鳳が「夢見が悪くて眠れない」と言っていたのを覚えていてくれたのだろう。
だから宍戸は気を紛らわせようと鳳を誘い、愛し合った。
近頃の宍戸はかすかな鳳の変化にも敏感に気付く。ふと、他にもなにか気付いているのではないかとおかしな想像をしてしまう。……たとえば、鳳が過去の宍戸の夢ばかり見てしまっていることとか。
幸せな生活を手に入れてもなお遠い記憶に縛られてしまっている鳳を、宍戸は見透かしているのでは――?
しかし、いくら宍戸が精巧な機械であってもそのようなことは絶対にできない。そもそも鳳が苦しんだ原因を宍戸は失ったまま新しい身体で目覚めたのだから。
過去のことはもうどうにもならない。今さらそれを苦悩して宍戸を不安にはしたくない。
鳳は奥歯を噛みしめると、頭の靄を振り払うように、宍戸をきつく、きつく抱きしめた。
腕の中で宍戸がそっと目を開けたが、鳳は気付かなかった。





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