四.椿、おしろい、雪化粧 中編 その日、鳳と宍戸は放課後から一緒に出掛けようと待ち合わせた。 ところが目的地に着かないうちに鉛色の雲の群れが二人の頭上を立ち込めた。 さすがにこの先の予定を考え直した方が良いだろうか。雨に濡れて宍戸が風邪を引いてしまうかもしれないし。 鳳は逡巡して落ち込んだ。 つまり早々に帰宅しようということだ。 鳳は残念でたまらなかった。せっかく宍戸と居られるのにという思いがなかなかそれを告げさせない。 すると宍戸の方が声を掛けてきた。 「長太郎、元気ねえな」 「え?」 「いや、なんか。あんまりしゃべんないし。つまんないのか?」 「全然っすよ!そうじゃなくて……宍戸さんと遊び始めたばっかりなのに雨降ったら早く帰んなきゃいけないなあ、とか思ってて……」 鳳が心底残念そうに言うと、宍戸は溜め息を吐いた。 「おまえ、んっとにバカ正直だよなぁ」 「酷いです。真剣に言ってるのに」 「思ってることとかすぐ顔に出すしさ。分かり易すすぎ」 しまいにはくすくすと笑いをこぼし始めた宍戸に鳳は恥ずかしくなって顔を赤くした。 「俺、救いようないじゃないですかぁ」 「褒めてるんだよ」 「……そうですか?」 「そうなんだよ。喜べ」 鳳はほんの少し納得いかなかったが、宍戸の笑顔を見ていたらどうでも良くなってしまった。 「あ、雨」 「え」 ぽつぽつ、ざ、ざああー。 夕立ちは突然やって来た。 瞬く間に地面を叩きつける勢いとなった大雨に二人は駆け出した。 「おい、やべえよこれ」 「とりあえず屋根の下へ行きましょう!風邪引いちゃいます」 二人は十分に水を浴びたのち、ようやくコンビニへと駆け込んだ。 * 翌日、鳳は1時間目の終りに宍戸へメールを送った。 結局のところ、昨日はなかなか雨が止まず、身体を冷やしたまま帰路に着いたのだった。 宍戸から返信が来たのは3時間目の終わる少し前で、それを読んだ鳳はチャイムが鳴ったと同時に保健室へ直行した。 宍戸は昨日のどしゃぶりに体調を崩したらしく、ずっと寝ているのだそうだ。 保健室の扉をノックすると「はあい」と声がした。ドアを開けるとそこには保険医の姿はなく、同級の女生徒がソファに腰掛けていた。 「鳳君だ、どうしたの〜。サボり?ね、ここ来て」 「先生は?」 鳳は問いかけながら室内を見渡した。 ずらりと並ぶベットの一つはカーテンが閉め切られている。 「ここに来たら教えてあげるから」 鳳は気配のないその奥が気になったが、彼女を無視するわけにもいかずソファへと近づいた。 「はい、座ったよ。それで先生いないの?具合悪い人置いてどこに行ったのかな」 彼女はくすりと笑うといつのまにか鳳の首に腕を回していた。 「具合悪くないよ。私もサボりだもん。……ねぇ、それより……しおり先輩と別れたのね。鳳君、今フリーだ」 彼女は身体をすり寄せ妖しく微笑んだ。 薬品臭が掻き消え、むっとするような甘い匂いが鳳の鼻に届く。 宍戸のことが気になって彼女の魂胆に気付くことが出来なかった。 「わ、ちょっと待って!」 鳳はしがみついてくる彼女の勢いを止めた。 「いいじゃん。束縛女ももういないんだし、遊ぼうよ。ねぇ」 「や、だ、ダメ。今はほんと、ダメだよ!」 「何怖気づいてるのよ?誰も来ないったら。保険医は午後に戻るって言ってたし。……なんなら私がする……?」 ネクタイを緩めようとする彼女に鳳は必死に抗った。 あのカーテンの向こうには宍戸がいるのだろう。 こんなところを宍戸に聞かれているかと思うと絶望的だった。 攻防の末にどうにか彼女を引き剥がすと、鳳は息を整えてきっぱりと断言した。 「俺、そういうのもうしないから」 「ええー、何よう。真面目ぶっちゃって。前は誘ったらすぐに」 「あーあー、あー!ってか本当ごめん!あ、誰か紹介しようか。忍足先輩とかどう?」 「……変なの。つまんない、鳳君。忍足先輩はやだー。カッコいいけどさぁ、本命以外はぞんざいに扱いそうじゃん。胡散臭ーい、なんかマニアックな趣味ありそうで怖ーい」 彼女は不平不満とともに忍足に八つ当たりした後、鳳にその気が無いのを知って文句を言いつつ保健室を出ていった。 前 次 Text | Top |