◇誕生日 | ナノ



三.艶やかにしなやかに 後編



もどかしい。
後ろめたい。
さみしい。



「ごめんなさい。しおりさん。ごめんね」

しおりと昼に会うのは恒例で、鳳は開口一番謝ると彼女をそっと抱きしめた。
朝は結局、険悪な雰囲気のまま別れた。メールをしても電話をしても、しおりはうんともすんとも言わない曖昧な態度だった。
いっそ怒って罵られた方がまだ良い。そんな態度をされたら感情の裂け目から何かが溢れ出しそうになる。しおりが暗い気持ちに包まれているのは機嫌とか気まぐれとか、そういった一時の感情の起伏ではない気がするから。
どうしてか今のしおりといると焦る。
理由までは考えなかった。考えないように、目の前の細い身体をきつく抱きしめた。
鳳にはもうこれくらいしか為す術がなかった。

「私のこと嫌いになったの?」

鳳の腕の中でしおりは微動だにしなかった。
感情の無い声がかえって響く。

「そんなわけないよ」

そうじゃないけれど。
ならば自分は何を抑えつけているんだろうか。

「……じゃあ、キスして。許してあげるから」
「本当?」
「早く」

しおりはじっとしたまま鳳を急かした。
キスか。
キスぐらいならしない方がいいと思う。
何も考えられない、余裕がないようなくらいじゃなければ。
もうごまかせない。

「……出来ないの?」

キスなんて何度したか分からない。考えなくたってできる。
挑発的な言葉に返すように唇を寄せた。
小さなふくらみに軽く触れて顔を離すと、しおりは笑っていた。

「今の何?超ヘタ」
「………わかん、ない」

気が急いてどうしようもない。
鳳は何も考えられなくなっていた。

「もう、ダメね。別れましょう」
「何で、急に」

しおりはたったこれだけで答えを出してしまった。

「長太郎に好きな人が出来たからよ」
「俺、浮気なんかしてないです」
「浮気とかじゃなくて、好きな人」
「待って下さい。意味分からない」
「私だって、突然すぎてついていけないわ。……どうしちゃったのよ、長太郎」
「分からないよ、どうして」
「そうよ。長太郎は分かってない。もう全然、昨日までのあなたじゃないんだから」
「………」
「邪魔してあげてもいいのよ?でも、いままで散々縛ったから。我儘言って、振り回したから。長太郎、文句も言わないで面倒見てくれたでしょう。最後くらい、あっさりしてあげた方がイイ女ってもんでしょう」

しおりは何を悟っているつもりなのだろう。
鳳に好きな人がいると言うし、急に別れると言い出して。
自分には分からない。
でも、全部デタラメとも言い切れない。
すべてしおりの空想だ。真実はあの日宍戸と友達になったことだけ。
そう言っているのにしおりは分かってくれないし、自分はキスすらぎこちなくなっている。

「愛してるって、言って」

鳳が躊躇しているとしおりが口付けてきた。
優しくて愛(いつく)しむような心地だった。
その瞬間、たった一つだけ、確信が芽生えた。

「それでも……俺は。しおりさんのことをずっと、愛してました」

さっきのキスに愛情は無かった。





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