君の翼に願うこと 2 氷帝コールで騒がしいコートを去る途中も、鳳の目もとは赤く、瞳は潤んだままだった。 「泣くなよ、もう」 宍戸は隣を歩きながら高い位置にある頭をくしゃくしゃに撫でた。 慰めるつもりでそうしたのに、鳳は慰めすら辛いのかまた鼻をすすり出す。 「青学に……勝ちたかった……」 「ああ」 「………全国へ、行きたかった」 かろうじてそう漏らすとついにその場に立ち止まってしまった。宍戸も足を止める。 「もう泣くなって、長太郎」 もう送迎のバスが来ている。他のメンバーは最後尾を歩く二人が立ち止まったことには気付かず、徐々に遠ざかっていった。 頭の隅で、後で追いかければいいかと思いながら、もう一度、鳳を見上げる。 悲しげに歪んだ眉、強く噛む唇。泣き顔を茶化す気も起きないほど、その悲壮で真剣な雰囲気に、心の奥では呑まれてしまいそうになっている。 宍戸は俯いた鳳の瞳をそっと見た。長身の鳳の瞳は、下を向けばかえって見やすくなる。 涙で光る琥珀色の奥をゆっくりと探る。とても素直に感情を映している鳳の瞳は、いつもと同じように何も隠されていないように見える。 鳳はいつだってすべてを宍戸に曝しているから、探しても何もないのは知っていた。 けれど次の瞬間、鳳の瞳が不意にゆらりと影を差し、奥行きを増したかのように色を深めた。 「俺は」 二人の視線が重なる。 「宍戸さんと、全国へ行きたかったです。もっと一緒に、コートに立ちたかった……」 身体に流れ込む激しい言葉に、胸が痛む。 こうして自分を思ってくれる鳳に嬉しさがこみ上げる一方で、こんなに強く思ってくれるのも今日が最後だからなのかと、切ない気持ちになった。 ――最後だからなのか? ふと思い浮かんだ場違いで漠然とした疑問を口にすることはなく、宍戸は透明な涙に吸い寄せられるようにいっそう胸を熱くした。 日吉を抱きしめた時以上に上昇する気持ちは、宍戸の中になにかを生み出した。 「俺も」 自分でも気づかずにいつまでも鳳の髪を梳いていた指を止めると、揺らめく情動に流されるまま首を引き寄せ抱きしめた。 鳳は一瞬、驚いて肩を竦めたようだった。確かに宍戸は後輩を優しく慰めるような人間には見えないのだろう。そういえば、日吉も同じような反応をしていた。 「俺も、もっとおまえとテニスしたかったよ」 しかし鳳は宍戸の言葉を聞き届けると、何も言わずに肩へそっと腕を回してきた。涙の止んだ気配がする。 「宍戸さん……」 言葉を返すべきか分からなかったし、まず声を発することができなかった。 感極まったこの胸で、今の気持ちを正確に表すことは難しい。 とうに震えの治まった広い肩を包みながら、宍戸はきつく目を閉じる。 鳳には伝えたいことが山ほどある。レギュラー復活へ導いてくれたことや、今日、跡部へと繋ぐ試合ができたこと、いつも傍にいて慕ってくれたことに、自分がどれだけ感謝しているか。 鳳の気持ちも痛いほど理解できる。 なのに声を紡ぐことができない。ただ、抱きしめることしかできなかった。 触れる腕から、すべてが伝わればいいのに。 二人は密度の濃い時間を過ごしたけれど、それは振り返ればとても短期間の話で、今こうして願ったくらいで宍戸の本心が鳳に届くのかは定かでなかった。 寂しさが胸を冷やしていくのを、知って欲しい。 鳳と想いを分かち合いたいと、こんなにも強く思っているのに。 けれど結局それらを伝えられないまま、肩に回された熱い腕は一瞬きつくなったかと思うとすぐに離れていった。 「……すみません。もう俺、泣きません」 泣きはらした目で一生懸命に笑顔を作り、掠れた声でそう告げられた時――明るさを取り戻した瞳に安心が映った時、宍戸もようやくぎこちない笑顔を浮かべることができた。 Next... 前 次 Text | Top |