君の翼に願うこと 1 その感情が生まれたのはいつだったのだろう。 自分に宿ったものだというのに、存在に気付いたのはそれからずっと後のことだった。 ただ、遅くてよかったと思っている。 いっそ気付かないでいられたらよかったのだ。 望まれることのない感情だと悟ったとき、殺すと決めてしまったから。 関東大会初戦、青春学園とのS3まで延長した接戦に負け、氷帝学園は敗退した。 相手側選手の勝利が告げられ、コートから戻ってきた日吉の悔しげな顔に、誰も掛ける言葉を思いつかなかった。 そのとき、宍戸は咄嗟に跡部の表情を伺った。 無表情の跡部は整った顔立ちを一層引き立たせているが、読み取れるものは何もない。 しかし青い瞳だけは密やかに感情を湛えて燃えているのを宍戸は知っている。 いつもそうだった。 跡部はその他から一切表情を取り去るというのに、瞳の奥には本心を潜ませていた。 じっと見つめていると、それはゆっくりとだが確実に伝わってくる。 その術を知ったのは少し前、宍戸がレギュラー復帰を賭けた特訓で極限状態になっていた時だった。 いつのまにか、こういうときには決まって跡部の感情を探すようになっていた。 こういうときというのは、跡部がたくさんの柵から自己抑制して、動くことを許されないとき。心配していても相手を甘やかすような行動は取れないとき。 その色は優しさや強さに溢れていてとても綺麗だ。 抑える必要がどこにあると言うのだろう。 宍戸は、跡部がそれ以上は決して感情を見せないと知ると、次第に自分の心に火を移した。 跡部と違って、宍戸には何も縛るものがない。抑制しているものを代行してやることであの炎が静謐を取り戻すなら、そうしたいと思った。 跡部は誰よりも部員を大切にしている。日吉もその一人だ。今も慰めようなんて真似はしないけれど、日吉の苦しみが一番分かっているのはおそらく跡部なのだろう。 歓声に沸くアリーナの隅で、自分達の輪の中だけ沈黙が覆った。 日吉を見つめる青い瞳をもう一度見ると、宍戸の身体は無音に包まれた。 青い炎が、大きく揺らめく。 「若」 手を伸ばして、俯いている後輩を力強く抱きしめた。 日吉は驚き、肩を跳ねた。あまり好いていない先輩に慰められるとは思わなかったのだろうか。 かける言葉も思いつかず黙っていると、日吉は緊張の糸が切れたように泣き崩れてしまった。「すみません」と繰り返し震える肩を包みながら、宍戸も一緒になって悔しくて、それから少し悲しい気持ちになった。 向日はすでに涙をこぼしそうな顔をしていたし、その肩を叩く忍足も向日を支えるふりをしながら暗く瞳を翳らせていた。 ふと顔を上げると、宍戸のダブルスの片割れである鳳も泣いている。 日吉の肩を抱きながら、その表情を見た宍戸は唐突に胸が苦しくなった。 ――鳳とダブルスをするのも、これで最後なのか。 「しけたツラはもう引っ込めろ。整列する」 跡部はそれだけ告げると口を固く引き結び、一度日吉を見つめてからコートへ踵を返した。 前 次 Text | Top |