◇誕生日 | ナノ



金の箱庭 1

高等部に上がっても、ジローは何一つ変わらない毎日を送っている。
一日の平均睡眠時間、約10時間。遅刻の常習犯で、テニス部の朝練習にはいまだ時間きっちりに出られた試しがない。
そんなふうにいつも寝てばかりいるジローから見ても、テニス馬鹿で悩みなど無いだろう悪友がこの頃元気がないらしいのはピンときた。
テニスしか眼中に無いような友人の抱える悩みの種は想像もつかない。好奇心が芽生えたジローは「最近宍戸元気ないよね」とレギュラー陣に尋ねて回った。しかし誰もが「そうか?」と不思議な顔をする。
これは……どういうことだ?
鋭利なインサイトを持つ部長に氷帝一の曲者もいるのに、自分しか気付いていない、とは。

「腹でも壊してんだろ。ほっといてやれ」

部活中、宍戸のいないところで跡部に同じことを尋ねてみた芥川はやはり同意を得られずに終わった。

「うーん……」

謎は深まるばかり。答えは遠ざかるほど気になって、ちょっと原因を考えてみようとジローは休憩がてら芝生の上へ寝転んだ。
友人は何を思い悩んでいるのだろう。近頃の彼を思い返しても引っかかる出来事は特に無い。
ただ、部活動の合間にときどき表情を翳らせるだけ。それもラケットを掴みコートに立てば白昼夢のように違和感だけを残し消え去ってしまう。
頭の後ろで腕枕をするジロー目の前で忍足と向日が打ち合っている。ムーンサルトだ羆落としだときらびやかな得意技を繰り出し、練習かどうだかいまいち疑問なことをしては平部員から歓声を浴びていた。おかげでジローがひなたぼっこを始めたことには誰も気付いていない。

「……悩みねぇ……」

その時、奥のコートから凄まじい檄が飛ぶ。ハイ、という力強い返事とともに黄色い球が空を切る。宍戸と鳳だ。
忍足と向日は気楽に打っているというのに、二人は真剣そのもの。中等部の頃から続く特訓さながらの一幕だった。

「いつもどおりじゃん。やっぱり腹壊してんのかね、宍戸は」

ふわあぁ、と大きな欠伸をして寝がえりを打つと、重い瞼を少し開けて、もう一度宍戸を盗み見る。
鳳が期待通りのサーブでも打ったのか。晴れやかな笑顔は後ろ暗さの欠片もない。
再びテニスボールの乾いた音が等間隔にリズムを刻む。そのインパクト音に耳を澄ませていると次第に宍戸と鳳の姿がぼやけてくる。

「………」

必死に目をしばたたかせるが、ついに手前の二人までピントを合わせられなくなる。
ああ。夕べも9時間寝て、昼休みもいびきがうるさいと女子から注意されたのに。
部活に参加しなければ。
宍戸の表情を暗くする原因を突き止めなければ。
そう強く思いつつも、コントロール不能となった瞼はゆっくりと太陽を遮った。





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