◇パラレル | ナノ



その肌の下には温かい電流が流れているの?


“俺様の友人なら召使いの1人もいて当然だ”なんていかにもお坊ちゃんらしい突然のひらめきと庶民の理解できない常識により、宍戸は『向日電気店』へ連行された。

「おっす亮。こっちこっち」

21階の精密家電フロアで出迎えてくれたのは、この電気屋看板息子で宍戸達とはクラブ仲間の岳人。ガラスケースに並ぶ直立不動の人型ロボットの前で、にこにこと手を振っている。

「俺様がテメェにピッタリな召使いを選んでおいたからな」

跡部の言う“召使い”とは家庭用アンドロイドのことである。
彼らは人間そっくりの容姿と精巧な人工知能を備えており、家事や仕事の補佐をこなし、人の心を癒やし、今や生活全般に欠かせない大きな存在であった。一世帯に一体とまではいかないが、ここ数年の間に少し裕福な家庭ならば一家に一体あるのが普通となっていた。

だから跡部はこんなことを言い出したのだろう。
誕生日には高すぎるプレゼントだとまったく気づきもしないで。
しかし、本日13歳を迎える宍戸には友人の珍しい厚意も分かってしまう。いつものように断れず、さきほどから為すがまま困るしかない。

「なぁ、いいって。いらねえよそんなの。父ちゃんに怒られちまう」
「ん?ああ、その辺は平気だぞ。お父様には中古品ということで納得していただいた」
「…なんだって?」
「お父様には事前にお話ししてあるから問題ないということだ。なぁ、樺地?」
「ウス」

…ここまで用意周到だとは、あいた口がふさがらない。
宍戸は跡部のアンドロイドである巨体の樺地を見上げ、こんなん俺の部屋に入るかな…と現実逃避を始めた。

それにしても父親が了承しているなんて。
どうせ、亡くなったお母様の代わりに亮くん達の教育をなんたらかんたら〜と騙されたに決まっている。父は、長年の付き合いで、大人の前で猫を被るのが上手い友人を信用しきっているようだから。
しずかに憤慨する亮に向日が宥めるように肩をたたいた。

「まぁまぁ。んな心配しなくても大丈夫だって。マジ安くしとくよ。…実は訳アリの商品でさ…」
「えっ」

宍戸は口元に手を添えて声をひそめる向日を見て目を瞬かせた。

「前の家にいたとき、ソンショウしちゃった奴なんだ。父さんはあんまり話してくれなかったけど、女の人がいると誤作動が起きちまうみたいで……じゃあ、男家庭の亮んちならって思ったんだけど」
「なんだよそれ…。無理だって、そんなロボ」
「ぶっ。いまどきロボットとか言う奴初めて見たぜ。くくく…」
「ああ?ロボなんだからロボなんだよ!合ってるだろっ」

宍戸は友人のアンドロイドを思い出し、やはりロボットで合っている、と向日をきつく睨んだ。

「おまえって樺地くらいしか知らねーもんなぁ。でもさ、俺んちにメンテ来るアンドロイドはすっげーんだぜ!たくさん話すし、人間みたいに動くし…嬉しかったら笑うし!俺だって姉ちゃんいなけりゃ欲しいとこだぜ。あいつイイ奴だと思うよ」
「って言ってもなぁ…」

返事を渋り唸る宍戸に向日は「タダなんだから貰っとけばいいじゃん」と呆れたような溜息をつく。なんだかんだで向日も裕福な家で育っているから、宍戸よりも跡部との金銭感覚が近い。

答えが決まらない内に店の奥のドアは開き、跡部と樺地が戻ってきた。

「おっ、連れてきたっ?なぁ、亮。一通りメンテナンスしたし、もうそいつ元気に起きてんだぜ。一回会ってみろよ」
「ちょ、待てって。まだ答えてないって」
「んな悩まなくていいっての。まぁ気に入らなかったら解体すればいい話だし」
「えっ…」
「……女ダメなんて致命的じゃん?実はさ…他に貰い手いないんだ。男はやっぱり女のアンドロイドを欲しがるだろ。それにあいつは中身入れ替えてやるほど新しい型でもない。悪いけど、ウチも商売だからな」

胸がざわざわと鳴り響く。

“解体”

その言葉に、宍戸は手首を掴む友人の手を振り払えなくなってしまった。
なんのメリットも生まないものを動かしても意味がない。
人の役に立てないのなら、そうすることが正しいのだろう。
彼らの身体は朽ちない。すべてをリセットし分解すれば新しい資源として生まれ変わることができるのだ。
だけど……

「長太郎!お迎えきたぞー」

聞いたことのない名前に宍戸はハッと顔を上げる。
するとそこには銀髪の背の高い少年がもたつくように跡部の後を追ってきた。
跡部になにか耳打ちされると、宍戸を見て目を見開く。
すぐに目を逸らされ、彼は俯き、手をぎゅっと握りしめる。
一瞬のことだったが、その瞳には初対面だからだけではない驚きと動揺が映ったように見えた。

「ほらよ。どうだ宍戸」

跡部はそれに気づくことなく、少年を自慢げに宍戸に突き出した。
突然背中を押された銀髪の少年は「わぁ」と叫んで足をもつれさせてしまう。
そして――、

「えっ、うわぁ――!」

少年は宍戸に向かって飛び込んできた。
咄嗟に肩を掴まれた宍戸は、自分より背の高い少年をなんとか受け止めた。

「もっ、申し訳ありません!!」

触れそうなくらい目の前にオドオドした様子の淡い色の瞳。さっき、跡部が自分に「どうだ?」と尋ねた。つまりこれが誕生日のプレゼントの“召使い”。
まるで人間のようだが、どうやらアンドロイドらしい。

「も、申し訳ありません。運動神経の伝達回路が、せ、正常に、作動致しませんでした。…お、お怪我は、ありませんか…」
「…………ねーけど……」

跡部は少年の後ろで顎に手をやり目を細めている。
笑っていないで謝れよと思うが、それよりも宍戸はアンドロイドから目が離せなかった。

「た、大変失礼致しました。以後、気を付けます」

少年はパッと離れると、小さくお辞儀をして宍戸の目を見る。けれどすぐに逸らしてまた俯いてしまう。
嬉しい仕草ではないが、それらは信じられないほど人間らしかった。
しかしいきなり自分専用に用意されたアンドロイドと面会させられても戸惑うに決まっている。
相手はどもって目を合わせようとしないし(宍戸はその鋭い目つきのせいで、初対面の人に怯えられる傾向にあった)どのように接して良いのやらさっぱりだ。
けれどさっき掴まれた両肩に、あたたかい温もりを感じた。
咄嗟に触れてきた手のひらは金属の硬さを感じることもなかった。
必死に踏み止まったのか、その握力は加減されたものだった。
本当に人間のようだ。
宍戸はまじまじとアンドロイドを見つめた。アンドロイドの視線は助けを求めるように向日を見ていたが。

「長太郎、そいつが昨日言ってた亮だぜ。わがままで自己チューだけどちゃんと面倒みてやれよ」
「は、はい。…で、ですが、その…」
「安心しろ。髪は長いが女じゃねえよ。いや…真逆だな。乱暴でガサツで野性児みたいな奴だからその辺のガキより手が掛かるんじゃねぇか?」

二人はギャハハと笑いだす。
長太郎と呼ばれたアンドロイドが小さな声で「えっ、そうなんですか…」と安心したように呟いたのを宍戸は聞いた。

「父さんも兄ちゃんも帰り遅くて、いっつも寂しがってるしな」
「うるせえ!テメェの面倒ぐれえテメェで見れらぁ」
「へぇ〜?」

大声で言い返す亮をニシシと笑った向日は、長太郎の腕に絡みつく。

「そんじゃあ長太郎いらねえんだ?」
「…えっ…」

向日の言葉に長太郎という少年は敏感に反応する。
向日を見て、跡部を見て、じっと宍戸を見つめる。さっきは必死に目を逸らしていたくせに、不安でたまらない、助けて、捨てないでと訴えるような視線が痛いくらいに突き刺さった。

「――そっ、そうとは言ってねえよ…っ!」

宍戸はさきほどまで渋っていたことなどすっかり吹き飛んで、慌てて反論した。
すると向日はころりと態度を変え、跡部のように長太郎を突き飛ばした。

「そんじゃパスっ!」
「うわぁっ!!」
「…えっ?ぅあっ!」

どうやらこのアンドロイドは故障云々ではなく、性格的に、先天的にボケっとしている部分が見受けられる。
また飛び込んできた長太郎を必死に受け止めると、宍戸は広い腕に抱きしめられた。
さきほどの温もりが今度は体中に広がった。

「す、すみません…また…」

反り返った宍戸の態勢を支え、ゆっくりと温もりが離れていく。
見上げた少年は、口では謝罪しているのに微笑んでいた。
その微笑はとても小さな表情の変化だったが、目の奥に焼き付くほど印象的であった。

「主人が見つかって良かったな。なぁ、樺地?」
「ウス」
「定期メンテはうち来いよ。サービスするぜ?」

銀色の髪もきれいな微笑みも、必要とされる為の、愛玩される為の人工的なもの。
それがどれほど世の中に溢れかえっていたとしても、自分を求めてくれたものを金属の破片に還してしまうなど宍戸には到底できなかった。
絶対に、したくなかった。




End.





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