◇パラレル | ナノ



にゃんでぃー 4


鳳の座るソファを中心として、宍戸が腕組みしながら部室内をクルクルと歩きまわる。
二人は(というか宍戸が)すぐにポーカーに飽き、問題はやはり例の怪しいアメ玉のこととなったのだ。
宍戸はその時の様子を思い起こしながら、ぽつぽつと語り始めた。

『今思えば…アメをくれた時の大石は少し様子がおかしかったかもしれねぇ。あ、ちょっとテンション高かったかも?だから俺、なんかいいことでもあったのかなーって』
「……」

対して鳳は微動だにしなかったが、宍戸は気にせず呟きながら思案し続ける。

『けどまさかな。まぁ大石がすげぇ良い奴なのは分かってるから、きっと狡賢い奴に騙されたんだろうけどよ』
「……。宍戸さんっ。どうしてこんな状態になってまで大石さんを信頼するんですか!?」
『ばっか、仕方ないだろ!大石だぞ!』
「なにそれ」
『逆に聞くけどな、あいつを信用できないで誰を信用するんだよ』
「!!?…ああ、そうですかそうですか!じゃあいっそ猫耳も生やしたらいいじゃないですかっ」
『んだと!この、変態!!』
「にゃんにゃん言ってる人に言われたくありません!」
『聞こえてねぇくせに!』
「それもいつまででしょうねえ!」
『うるせえ、ノーコン野郎!!』
「今は関係ないですもん!ひどいっ。宍戸さんのバカバカバカ!!」
『ああ!?先輩に向かって…コノ野郎〜ッ!!』

宍戸はとうとう飛びかかってきた。忍足の時といい、本当に血の気が多い。
鳳は驚き慌てながらも嫉妬やらなにやらで引いてやる気にはなれなかった。



* * *



忍足達は乾の到着を今か今かと待っていた。
向日はコンクリートの床に座りつつもジュースのパックを手で転がし、そわそわとしている。
待ちくたびれたジローは結局睡魔に負けていびきをかきだしたが。

「うーん。待ってるだけってのも、落ちつかねぇな」
「……」
「ってうわ!シャツにジュースこぼした!まだ入ってたのかよー」

騒ぐ向日も無視して、忍足は貧乏ゆすりをしながら険しい表情をする。

「宍戸は無事やろか…いやでも、まず俺らの方の原因を突き止めないことには対処法がなぁ…うーん」

忍足が悩んでいると、向日は邪魔も気にせずその袖を引っ張った。

「侑士ー。なんか拭くもん持ってない?シミになっちまう」
「うーん…」
「侑士…侑士ぃっ」

名を呼びながら周囲でピョンピョン跳び始めた向日に、忍足もとうとう我慢できなくなった。ブレザーの内ポケットからなにやら取り出すと向日に押し付ける。

「あーこのハンカチ使こて!トントンやで、トントン……あっ!」
「なに?」
「ジュースかっ…!!」

愕然とした様子の忍足は、岳人の持っているジュースを見て大声でそう叫んだ。

「ジュースだけど?」
「…それさっき…俺達と宍戸で、同じストローで回し飲みしたよな…?」
「おう。のど渇いたーつってな。そんでしばらく普通に喋ってたのに、いきなり宍戸がニャンニャン言い始めて…プッ」
「やっぱりそれや!そのジュース原因や!宍戸の声の!!」
「…へっ!?これかよ!?」
「俺達は宍戸とは間違ってもチュウしてへんけど、ストロー通して間接的に口に触れたやん。あのアメはその辺が不出来やってんな。せやからほんの少し接触しただけでニャンニャンボイスが聞こえるように…」
「そんな」
「やっぱりチュウが原因なんや。このままあいつら二人っきりにさせとくのまずいわ。いつチュウするか分からん」
「亮が…!」

向日はあまりの衝撃に、宍戸を幼い頃の呼び方で呼んだ。
忍足も眼鏡をクッと掛け直すと厳しい顔つきで頷く。

「やっぱり乾なんか待ってるヒマあらへん!なにがなんでも突入や!動かな!」
「おう!…あ、ジローは?」
「置いてけ邪魔や!」

血相を変えて駆けだした忍足に流されて、向日もジローとゴミ屑をその場に残すと屋上を出て行った。



* * *



あれから取っ組み合いが始まったのだが、恋人相手に本気を出せない鳳と、手加減なしでぶつかってくる宍戸とではまったく喧嘩にならなかった。
全力で殴る蹴る絞めるしてくる宍戸に鳳が思わず涙目になると、それに弱い宍戸は手を出せなくなってすぐに終了したのだ。

「宍戸さん…さっき、ひどいこと言ってすみませんでした…」
『お、俺の方こそ。ノーコンとか言っちまって…』

二人は微妙な感覚を空けてソファに隣合い、仲直りの最中である。

『……長太郎のサーブ、かっこいいと思ってるぜ』
「えっ!?」
『パパパパートナーなんだから当然だろっ!!』
「…はいっ…!俺も、宍戸さんがコートで走り回ってる姿が好きです」
『バーカ、恥ずかしいこと言ってんじゃねえよ。ダブルスなんだから、お互いを一番尊敬して信頼してるなんてあったりまえだろ!』
「お…大石さんより?」
『…てめえは誰と付き合ってんだよ?』
「宍戸さん」

鳳は感激したような声を出し、そっと宍戸の手に触れた。ぴくりと動揺した宍戸の手を握りしめると、高い背を屈めて顔を覗き込み微笑んだ。
宍戸は睨むような目つきだったが、少し頬を赤くしてそっぽを向いてしまった。
仲直りもこれでほぼ終了である。

「ねえ、仲直りしましょう?」

ところが、鳳はあえてそれを口にした。

『今しただろ』

宍戸は素っ気なく返したが、鳳はにこにこした表情のままだ。

「違います。ちゃんと仲直りするんです」
『……』

鳳のねだるものが何かおおよそ見当の付いている宍戸は、眉間にしわを寄せて嫌な顔をした。

『ここ、学校だぞ』
「授業サボってるくせに」

鳳は強引に宍戸の背中を抱き、顎に手を添えてこちらを向かせた。
宍戸は驚いた顔はしたものの抵抗までとはいかない。

「宍戸さん…」
『!』

少し顔を近づけると、宍戸はぎゅっと目を瞑ってしまった。あいかわらず言葉と行動が伴っていない恋人だ。
鳳は笑いそうになりながらもサッと息を整えて、薄い唇に静かなキスをした。

『ん…』

さきほど一人だけ仲間外れにされ、やきもちも妬いていた鳳は少々不満が募っていた。
唇に触れた途端、胸の鼓動が速まっていく。
宍戸の両腕を捕まえると鳳はもう何度かキスを繰り返し、最後にぺろりと舌を舐めた。

「おっと、仲直りでしたよね…えへへ」

いたずらな笑みを浮かべると、頬を紅潮させた宍戸が怒ったような呆れたような目で見上げてくる。

『アホか…』

鳳は逃げてしまわないうちに宍戸を腕の中にぎゅうっと閉じ込めた。どうやら宍戸もそれに異論ないようで、そのまま大人しく収まってくれる。
宍戸の抱き心地は最高だ。鳳は浮かれて、宍戸の青い帽子を脱がせると艶やかな黒髪に頬ずりした。
さっきはあれほどこだわっていたけれど、猫の鳴き声が聞こえるとかいう事件もどうでもよくなってきた。宍戸が今の状態でこんなにも愛しいのだからそれ以上望む必要はない。

「幸せ〜」
『ったく…家じゃないんだから、ちょっとだけだからにゃ!』
「へへ、分かってますってー………………―――え?」


にゃ?


鳳が静止したと同時、頬ずりしていた宍戸の艶やかな黒髪からズズッと何かが二つ、突き出してきた。

「わわわっ!えっ、なに…………―――は?」

不思議そうな顔で首をかしげる宍戸を、鳳は声も出せずに凝視した。

『……にゃんだよ?』

その頭には、三角に尖った黒い耳がある。そして、宍戸の背後にはおそらく尻から生えているであろう黒いしっぽがゆらゆらと揺れていた。
それに……宍戸がにゃんにゃん言ってるように聴こえ始めた……。




End.





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