にゃんでぃー 3 「あ、あの…宍戸、さん…?」 鳳を乱暴に部室へ押し込むと宍戸は無言のまま後ろ手に扉の鍵を閉めた。 野生の獣のような目をする宍戸がゆっくりとこちらへ迫ってくる。 鳳はごくりと唾を飲んだ。 『長太郎…1+1は?』 「………2です。さっきも言いましたけど、ちゃんと聞こえてますからもう心配しないで下さい」 『や、やっぱ聞こえるのか!あぁ良かった。やっと人と言葉が通じたぜ…っ!』 まるで鎖国してた日本みてぇな気分だったぜとよく分からない例えで感嘆する宍戸は、そのままソファにどっかり座りこんだ。 「こんな人に期待しちゃダメだよなぁ…」 『あ?何?』 「…。別になんでもありませんよっ」 『あっ、つーか聞いてくれよ!あいつら散々この声バカにしてたけど、俺だってホイホイ騙されてこうなったわけじゃねぇんだぜ?事情があんだよ、事情が。なのにあいつら面白がるばっかで…どんなふうに聞こえんのか知らねぇけど忍足はキモいし!岳人はマジで笑いすぎだっつの!なぁ?』 「…はぁ…」 今まで沈黙を貫いていたストレスなのか、宍戸は堰を切ったように喋り出す。 しかし鳳にしてみれば、事情の分からぬ愚痴ほどつまらないものはない。 『あーもう、いつ治るんだろこれ。…やっべ!治ったかどうか岳人達んとこ行かないと分かんねぇじゃん!くっそ〜!…でもまぁ、長太郎』 「はい」 『俺が治るまでここにいるぞ』 「はい…って、俺もですか!?でも次の授業そろそろ始まりますし…榊先生の授業なんです」 『長太郎。おまえ、俺と榊のどっちが大事なんだよ?』 「なっ、変な質問しないで下さいよ!宍戸さんに決まってるじゃないですかぁ!!」 『じゃあ付き合え』 「えぇ〜」 『なんだよっ』 なかなか頷かない鳳に、宍戸は怒りながら近寄っていき、その腕を両腕でがっちりとホールドする。 『はっきり言わねーと分かんねぇのかっ?こんなんなっちまって…長太郎しか俺(の言葉)を分かってくれる奴いないんぞ。俺は今、長太郎だけしか(バカにしないって)信じられねぇんだぞ!……なのに…なのに、放ってどっか行っちまうって言うのかよ?』 「し…宍戸、さん…」 『頼む…』 「…え、えっと…うーん…」 『あーもう長太郎!お…お願い!!お願い長太郎!』 「おねが――!?…し、宍戸さん!冷たいこと言っちゃってごめんなさいっ。分かりました、二人で一緒にここにいましょう!ずっと!」 『マジか?』 「はいっ。…あ、ねぇ宍戸さん…せっかく二人っきりですし、その、ね?…俺、ソファで膝まく」 『サンキュな!ロッカーにトランプあるからやろう。あ、長太郎のやりたいゲームでいいぜ。サボり付き合わせちまって悪ぃしな』 「……。じゃあ、ポーカーで…」 いいぞと返事をしながら宍戸は少しウキウキしたようにロッカーを漁り出す。 その背後で鳳がシュンと落ち込んでいたのだが、残念なことに宍戸がそれに気付くことはなかった。 * * * 治るまで部室いる。 誰も来んな! 宍戸と鳳が屋上を出ていった後、残された向日達には1通のメールが届けられていた。 「2人っきりの密室押しかける勇気ないよ〜俺」 「宍戸のヤツ…あーあ、面白いとこだったのに。クソクソ」 向日は仕方ないといった様子で、ランチに食べたパンやジュースのゴミ屑を片づけ始めた。ゴロゴロしていたジローもようやく起きあがったのだが、忍足は携帯電話を操作して座ったまま動かない。 「侑士?帰るぞ〜」 「…岳人…ジロー……今、青学の奴らと連絡取ったけど、もしか早よ解決せんとまずいかもしれんわ」 「え?ほっとけばにゃんにゃん治るんでしょ?」 「治らん。ちゅーか感染拡大の恐れすらある」 「はぁ!?何それ!」 びっくりした向日は思わず手からビニール袋を落とした。 3人の間に張り詰めた空気が漂う。 「…信じられんやろうけど…落ち着いて、聞いて欲しいねんけど……ニャンニャンボイスは『ニャンニャンキャンディー舐めた人物とキスした者』のみ聞こえる仕組みになっとるらしい」 「確かなのか?」 「こっちの状況話したら乾が慌ててん。今こっち向かってるで」 「緊急事態じゃん!」 「そらそうや!せやって宍戸とチュウしてへん俺ら感染しとんやで!?…く…空気感染かもしれん…」 「えぇ!?」 「ヤバいだろ!俺そんな映画見たことあるぜ!あれはマジヤベぇって!」 「でも俺は学園全体に広がるかも…なんちゅうことは危惧してへん。一番怖いんはただ一人、鳳や!…もし鳳に宍戸がニャンニャン言ってる声が聞こえたら…ああ!あかん、あかんわッ!『今日は鳴き声なのか喘ぎ声なのか分かりませんね』クスッとかって食われてまうであああぁぁぁー!!」 自分の想像に恐怖し(?)頭を掻きむしる忍足。 はじめは気丈だった向日もそのおぞましい様に感化されてしまったのか、顔を青くして震えだした。 「こ、怖えぇっ…」 「忍足って感性豊かだね。がっくん落ち着いて?あれ妄想だから」 ジローは向日の目の前で手を振ってみたが、向日は虚ろな目で「だって…鳳って…え?…豹変…?」とブツブツ呟くばかり。 そもそも宍戸の「アレ」は伝染したところで苦しいことも死ぬこともないのに、忍足のせいですっかりパニック・サスペンスになってしまった。 「あのな、がっくん。ああいう菩薩みたいな顔した奴はだいたい裏がある設定が多いねん」 「し、白と黒!」 「ああ、そうや!」 「……また変な知識が…がっくんに……」 ジローはあまりの会話展開になにもかも面倒に感じた。 脳は疲れきった心身を癒すため、ジローをゆっくりと夢の世界へ―― 「何寝てんねんジロー!作戦会議するで!」 「ふぁ?」 無理やり起こされたジローは、忍足と向日に挟まれ、そのまま作戦会議が始まった。 「で、どうすんだよ」 「まず宍戸の確保やけど、突撃はダメや。さりげなく宍戸と鳳を引き離さんと」 「そ、そうだな…鳳がこれ知ったら死に物狂いで宍戸にチュウしようとするもんな!俺たちなんて3人がかりでも敵わないぜ」 「そや!がっくんもだんだん推理力がついてきたなぁ」 「そっか?へへ」 どんな場所でも眠れるジローだったが、さすがにこの状況では眠気も飛んでいってしまう。 「妄想力でしょー。鳳そこまで怪力じゃないよ!あぁもう、困ったダブルスだね!」 「ジロー、俺達マジメに話してんで?」 「てゆか乾来てから会議したら?そんな妄想入ってる話聞いてらんねーC。青学の奴は他になんか言ってなかったの?」 「あぁ、アメ押し付けてきたアイツな」 「良い奴そうなのに、アイツも白黒あんのかなぁ…」 「いや、乾に騙されたんだと思うよ。あの碁石みたいな頭の人」 End. 前 次 Text | Top |