◇パラレル | ナノ



にゃんでぃー 2


そして三人の先輩から語られた大事件に、鳳は叫ばずにいられなかった。

「青学の方からいただいたアメを食べたら宍戸さんの声が猫語になったって、一体どういうことですか!?」
「今まさに目の前で起きてるっつーの」

無感情にそう返して、向日はズズーッと紙パックのジュースを啜る。
鳳はがっくりと膝を落として俯いた。

「お…俺には少しも聞こえませんよ…うぅ…」
「鳳ならオモローな反応しそうやったんに…残念やなぁ」

宍戸には悪いが、鳳も忍足以上に落胆した。その事実を知らされた時、鳳は可哀想だと思う一方、実は密かに胸をときめかせていたのだ。

「なんで俺だけなんでしょう。どんなふうに聞こえるんですか?」
「ヒ・ミ・ツ!つーかそのアメ、俺達ももらったC」
「え…じゃあ、どうして宍戸さんだけ」
「見るからに怪しいのにそんなもん食うはずないじゃん。なのにそこにいるおバカさんだけ『うまそう』とか言って食べちまってさぁ」
「…宍戸さん…」

鳳が溜息をつくと、宍戸は後ろめたそうに縮こまってしまった。反省しているからなのか、また喋ると忍足達に笑われるからなのか、なにも言い訳してこない。それがまた痛々しく、信じられないようなことが現実なのだと如実にものがたる。
確かに宍戸は迂闊だったのだろう。しかし、せっかく迂闊になってくれたのに、鳳には何も聞こえて来ないのが現状。

「うわ、鳳も落ち込んでるし」
「べ、別に…落ち込んでなんかないっすよ…」
「嘘下手やなぁ」
「嘘じゃないですもん」

いや、嘘だった。自分だけ宍戸の発する猫の鳴き声が聞けないのに、うれしいフリなんてできるはずがない。
別に特殊なシュミは持ち合わせていないつもりだが、宍戸が猫のように鳴いてるところを想像すると、どうにも胸のあたりがキュンとする。聞きたいか聞きたくないかと問われれば即答だ。ぜひ聞きたい。

「あーあ、宍戸も小さくなっちゃったC…」
「心の内はともかく、落ち込みモードは完全にシンクロしちまってるなぁ…ったくよう!仲が良いのも考えもんだぜ!」

向日に返す言葉もない二人。
だが、次に忍足の口からこぼれた言葉は聞き捨てならないものだった。

「まぁまぁお二人さん。そんな沈まんくてもええやん。いやな…こっから俺の推測なんやけど、多分このアメちゃん、実験段階の代物やで?」
「実験段階?」

鳳が問うと、忍足は例の怪しいアメを手で転がしながら頷いた。

「ああ。おまえらもこれが青学の“誰の”仕業かは想像できとるやろ?このアメちゃんくれたんは別人物やけど…製作者は間違いなくあの逆光眼鏡や」
「やっぱ乾しかいねぇよな」
「そして、あいつが作るんなら『猫耳+猫しっぽ+猫なで声』くらいは追求しよるはずや…!」

俺ならそうするわ!と言った忍足の声はなぜか説得力があって、皆も黙ってその先を促した。
忍足は意味もなくフェンスの方までゆっくりと歩きながら続きを語る。

「それなのにこのアメちゃんはニャンニャン言うだけ…耳も尻尾も生えて来ない。後から来た鳳にはなぜか影響せんし、めっちゃくちゃ未完成品やん!ちっさいアメにそんな大量の成分が入ってるとは思えへんし、こら持続性弱い可能性も大いにあるで〜?ってこんな中途半端なんで誰が楽しめんねん!!」

忍足がフェンスにがしゃんとツッコミを入れたが、向日は動じない。よくあることらしい。

「知らねーよオタク。でもま、侑士の言ってることも珍しく信用できそうな内容だったし、もう少し待ってみれば治るかもな」
「うんうん。忍足の言ってることだから保証もクソもないけどさ、元気出せよ宍戸!信じれば夢は叶うんだぜ!ほら“アイキャンフライ”!ね?」
「翻訳すると宍戸の代表的な好きな言葉“ネバーギブアップ”やね。というか二人ひどない?どんだけ俺んこと胡散臭い思っとるん?」
「100%…とがっくんは言う」
「いや200%だ」
「ダブルスパートナー少しは信じて!」

騒ぐ忍足達を尻目に、鳳はホッと胸をなでおろした。

「でも…良かったですね、宍戸さん」

『…ああ…』

3人の慰め(?)に宍戸は複雑な顔をしていたが、忍足の話に少しは安心したのか、眉間にぎゅっと入っていた力が抜けたようだった。鳳も、落ち込んでる宍戸は見ていたくないし、これはこれで安心できた。
それでも、やはり一つだけは納得できないのだが。

「それにしてもですよ?どうして俺だけは宍戸さんのにゃんにゃん鳴いてる声が聞こえて来ないんでしょうかね」

『は?』

宍戸に思いきり不審げな顔をされ、鳳は焦ってもう一言付け足す。

「あ、いやその、げ、原因究明につながるかもしれないので気になっただけですよ!」

しかし向日達にはそんな理由は通用しなかったのか、白い目を向けられた。

「耳掃除すれば」
「ちゃんときれいにしてますよ向日先輩!」
「きっと、鳳はやらしーことばっかり考えてるから、宍戸の繊細なニャンニャン電磁波を受信できないんだC」
「そ、れは…」
「否定せぇ、アホ」

けれど鳳はこの状態がもどかしくてもどかしくて、もうどんなことでもいいから納得できる理由が欲しかった。そして原因が判明したのなら妨げているそれをなくしてしまいたい。
また口を開きかけたのだが、不意に服をツンと引っ張られる感触がして、それは止まった。

「宍戸さ…え、どこ行くんですか?あ、ちょっと!」

突然、宍戸は黙ったまま鳳の手を引いて、ぐんぐんと歩き出した。

「おーい宍戸!どこ行くんだよ」
「にゃんこの声、誰かに聞かれちゃうよ〜?」

向日の声も、芥川の声も無視して、宍戸は大股で歩きながら携帯電話をカチカチと操作し始める。





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