◇パラレル | ナノ



にゃんでぃー 1


 ソッコーで屋上来い!
 宍戸に大事件(笑)



向日から衝撃のメールが。
のどかに昼休みを過ごしていた鳳は、すぐさま恋人の待つ場所へと向かった。

「向日先輩!宍戸さんは大丈夫で…す、か…?」
「おう。早いじゃん」

ところが、鳳が大慌てで来たというのに、向日達三年生は普段通りの様子でたむろしているだけ。肝心の宍戸はなにやら膝を抱えてうずくまっているけれど、向日、忍足、芥川はそんな宍戸を心配するどころか少しにやけた顔をしていて、どうも緊急事態には見えなかった。

「イヒヒ…大丈夫かどうかはさ、直接宍戸に聞いてみ?」
「一番ええ反応拝めそうやなぁ」

忍足が含み笑いをするのを見て、鳳は首をかしげる。笑ってしまうような事態なのだろうか?そういえば、メールの文も『大事件(笑)』となっていたような…。
それでも、鳳は伏せたまま動かない宍戸が心配で、近づくとその肩を静かに揺すってみた。

「あの、宍戸さん、大丈夫で…うわっ!?」

声をかけた途端、宍戸はガバリと起きあがった。その顔は、キッと音がしそうなくらい悔しげな目と、赤く染まった頬をしている。

『…大丈夫なんかじゃねぇよ…』

やっぱり大事件なんだ!と、確信したその瞬間、背後で大笑いが湧きおこった。

「ははは、し、宍戸しゃべったC〜!」
「やべぇ、笑いすぎてもう腹痛え!」
「…先輩達、何がおかしいんですか?」
『すっとぼけてんじゃねえぞコラ!笑いたきゃ笑えってんだよ、長太郎!』
「へっ!?」
『けどなぁテメェ!…笑いやがったら…バカにしやがったら1ヶ月ナシだからなコノヤロー!!いい機会だから少しはそっちの忍耐力もつけとけってんだ!ぶぁーかッ!!』
「は、はい!?」

明らかに理不尽な怒られ方なのは(よくあるので)置いておくとして。
オープンに性的な発言をする宍戸など見たことがない。
しかし狼狽したのは鳳だけで、向日達は大爆笑している。鳳がこんな発言をしたならば舌打ちのひとつでも返ってくるのに、今日はなんとも心が広い。

「ひははは、あー、すげえ楽しい」
「ヒ〜、なんぼ聞いてもウケるなぁ。やっぱ耳としっぽ買うてきた方がええんちゃう?」
「…み、耳?…し、しっぽ?」
「秋葉行ったらぎょうさん売っとるで〜。今の宍戸には必須アイテムやろ?」

鳳が忍足の発言に(いろんな意味で)驚いていると、宍戸はとうとう怒りに立ち上がった。
『んなもん持って来やがったらそのダセェ伊達眼鏡ブッ壊してやるからな!』
「わっ、宍戸さん、落ち着いてくださいって!忍足先輩もあんまりふざけると…」
「なぁ鳳、宍戸のヤツ『鈴も買うて来て〜』言っとるんちゃう?くくく」
「はぁ…?」
『んなこと言うか丸眼鏡!クッソ、もう許さねぇぞ…!』

宍戸はこぶしを握りしめ、忍足に飛びかからん勢いで暴れ出す。鳳は慌てて押さえつけたが、忍足も向日ものん気に笑っていて、芥川は…いつのまにか爆睡していた。まるで緊張感がない。

「もう、忍足先輩!よく分かんないですけどあんまり宍戸さんからかわないで下さいよっ。…宍戸さんも真に受けないで下さい。ね?」
「ぶってんなや、鳳。つまらんわ」
「そうだよ、なんか反応ねーの?宍戸がこんな大事件なのに」
「大事件…あ、そういえばメールにもありましたけど、それってどういうことですか?」
「へ?いやいや、どういうことも何も。さっきから宍戸の声おかしいじゃん」
「声?」
発言は普段よりモラルがなくトゲを感じるけれど。
別に声は普段と変わらないが。

「ちゅーか、鳴き声?ニャンニャン鳴いて、めっちゃ可愛えやんか〜」
「なき……は!?えっ、え?い、いつですか?今ですか?え、誰が?宍戸さんが!?え?にゃんにゃん言ったんですか!?あの硬派な宍戸さんがにゃん」
『聞こえてっからいちいち繰り返すんじゃねーよアホ!』
「ほれ言うた」
「えっ!?」
『いい加減とぼけんじゃねーよ長太郎っ!』
「ほら、聞こえただろ?」
「…」

しかし鳳には猫の声など聞こえなかった。宍戸はいつものように、格好良く、時には可愛いハスキーボイス(もちろん人語)だった。
そもそも、そんなことは疑うまでもなく当り前のことではないか。

「…もしかして、ほんまに聞こえてないんか?」
「聞こえたらいいんですけどね。先輩達、大事件(笑)なんて言って、さすがに俺だってそんなことには騙されませんからね!」
「は?」
「ですから、宍戸さんはそういう恥ずかしいことはいくらお願いしても絶対しない人なんですよ?猫の鳴き真似をさせるなんて難易度高いこと、忍足先輩達にできるわけがないです」
「…おまえは普段どんなお願いしとんねん…」

忍足に隠れて、向日も化物を見るような目つきで鳳を見ている。
宍戸が慌てて鳳の口を塞いだ。

『バ、バカ!それ以上話すんじゃねえ!』
「あっ。い、いや…だから、何が言いたいかって言うと、俺にはどんなに耳を澄ましても宍戸さんが普通にしゃべっているようにしか聞こえないんですよ!当り前じゃないですかっ」
「ほんまかいな」
『ほ…本当に本当なのか?長太郎…』

本当です!と大きく頷くと、宍戸が目を丸くした。忍足も向日も一様に驚き、ついには芥川も目を覚ます。
鳳は、ようやくこちらが異常なことを言っているのだと感じたのだった。





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