傅育 7 不意に抱きしめられた亮は頭が真っ白になった。 しかし、鳳の体温や抱きしめる腕の強さを感じると、動揺や恐怖よりも安心が広がった。 今日は無表情だとか作り笑顔の鳳しか見ていなかったけど、今目の前にいる鳳は、嘘も演技もない、いつもの鳳だ。そう思うと安心してしまった。こんなにきつく抱きしめられる意味は分からないけれど。 「…長…太郎…?」 「亮様。亮様…」 顔をのぞこうとしたが、ますます強く抱きしめられてそれは叶わなかった。 鳳は亮の名を繰り返し呼ぶ。そのどこかせつなく、普段冷静そうな鳳にしては感情的な響きに、亮はもう腕を払いのけようとは考えられなかった。 すると、腕の中で立ち尽くしている亮を、鳳はドンと強く押した。ひどい衝撃を予想したが、バランスを崩した亮はそのまま後ろにあったカウチソファとクッションの上に倒れ込んだ。 「い、いきなり何するんだっ」 「亮様。分かって下さい」 「は…?」 鳳は押し殺したような声でそう言うと、亮の上に圧し掛かってくる。 亮が必死に結んだ帯紐がスルスルと全部解かれていく。 「何を…っ」 鳳は剣を握っている時のような、しかしどこかそれと違う鋭い目つきをしていた。 こんなこと、オカシイ。 イジョウだ。 「い、嫌っ…――!」 叫び声の途中で大きな手に口を塞がれる。 亮は今度こそ怖くなって、手足をバタバタと動かして暴れたが、それもすぐに押さえられた。 どうにかして大きな音を出そうとしたが、亮の部屋と違って、鳳達家臣の部屋は用のある者が時折やって来るだけ。ここへ向かう途中は誰ともすれ違わなかった。助けは誰も来ないかもしれない。 引き裂くように着物の袷を開かれて、またあの廊下の時のように痛いくらいに肌を吸われた。 胸元を舌が這うのに震えながら、このままもっと恐ろしいことをされるのだと思うと、亮は意地もプライドも忘れて涙を流した。 しかし、鳳はそれ以上なにもしなかった。 「…泣かないで下さい…」 口を塞いでいた手がゆっくりと頬を撫でる。 「嫌だっ!助けてっ…!」 その隙に亮は叫んだが、そうするとまた鳳が力で亮の自由を奪う。 静かに、と囁かれ、唇が重なった。 「やだ…なんで、こんな、こと」 「亮様。お願いです、聞いて下さい。許されないことだとは分かっております。でも…あなたが大切過ぎて…もう、いつものようにお傍にお仕えするだけでは、とても足りないのです…」 鳳は今にも泣き崩れそうな表情で、そのまま亮の首筋に顔を埋める。 亮はこんなに恐ろしいめに遭っても、鳳の言葉を無視することはできなくて、ぽつりと呟くように聞き返した。 「大、切…?」 「大切です。亮様だけが。あなたが王子で、私が家臣だからではありません。もっと、もっと深い想いで」 「…俺が好きだから…?」 これだけ迫られて、さすがに亮もそれしか理由が浮かばなかった。 鳳はやっと欲しい答えが返ってきたというように、亮の片手を取ると甲にキスをした。 「亮様が望んでくれたら、頷くことができます」 「俺が…」 「でもそうでないならば、俺はここで亮様から離れなければなりません」 「…え…な、んで?」 「……」 「嫌だ。嫌だよ、長太郎」 亮はまた瞳に涙を滲ませる。 「亮様…傍に置いて下さるなら、今よりもっと大切にします」 「でも俺は男だ。女じゃないんだぞ」 「それでも、亮様以上に大切と思える人がいないんです」 「……長太郎、酷い……」 「…承知しております」 亮は、長太郎が心変わりしてくれるような言葉を探したが、もう何も言い返せなかった。 鳳と自分の気持ちは違う。けれど、お互いを大切に思う強さは同じだと知っていたから。 「…わ、かった…。長太郎、頼むからどこにも行かないでくれよ。俺も、お前が…好き、だから」 亮は上半身を起こすと長太郎の首にしがみついた。 覚悟は決めたが、まだ少し怖い。手が震える。 「ああ、亮様。嬉しいです。もう誰にも渡さない」 不安と安堵。その二つが同時に心の中に生まれるなんて、今日この時まで亮は知らなかった。 前 次 Text | Top |