傅育 6 午後の終わりに剣術の授業が控えている。 鳳は都でも屈指の剣の使い手であり、まだ幼い岳人を除いた、慈郎と亮、二人の王子は彼から剣を学んでいた。 もうすぐ鳳が迎えに来るはず。 亮は練習用の木刀を携えたまま、そわそわと室内をうろついた。 鳳にどう対処すべきかを考えてみるのだが、焦って思考がまとまらない。 緊張と警戒と、それでも近づきたいという気持ちがわく。 やっぱり亮は鳳を尊敬しており、好きだった。あんなことがあってもいざとなると怒りも悲しみも煮え滾ることはない。苦しげな表情と血を流す拳が頭をかすめると、悪いのはどちらなのか分からなくなる。 あの言葉の意味を知りたい。 鳳の本当の気持ちを教えて欲しい。 亮は幼い身に抱えきれないほどの様々な感情と必死に向き合っていた。 「…長太郎…」 呟いた名前の主はまだ来ない。 亮は痺れを切らして鳳の部屋へ向かった。 ノックをすると暢気な声が返事をした。扉一枚向こうにいるのが亮だとは知る由もない、いつもの優しさをまとった声。 本当はあんなに激しく気持ちを吐き出すくせに、と亮は顔をしかめた。 「開けろ。俺だ」 亮が声を低く命令すると、少し間を開けて静かに扉が開かれる。 鳳は礼をして微笑んだ。 「いらっしゃいませ」 「失礼する」 亮は精一杯の虚勢を張って部屋へ入った。 ここは鳳の私宅ではなく、王宮に用意された仕事兼宿泊用の部屋。 滅多に訪れたことのない亮は足を踏み入れただけで不安に駆られた。 すると後ろで鳳がおや、と呟く。 「ご自分でお召し変えなさいましたか?…裾、お少し引きずっていますよ」 鳳は口元に手を添えて小さく笑った。 「な…、」 「今日はいい練習になりましたか」 楽しそうな声。 動揺する自分を見て嘲っているのか。 何を考えているのか分からない。 理解できない。 「ふざけんじゃねえ…っ!」 こめかみの血管が切れそうなほど大声で亮は叫んだ。 「誰のせいだと思ってんだ!おまえが変なことするから一人で着替える羽目になったんだぞ!…何がしたいんだよ!…俺、おまえに何かしたのか?……俺のせいなのか…、長太郎は、俺のこと…嫌いなのか、…だから、…っ」 睨みつけた鳳がゆらゆらと歪んでいく。理解し難い鳳の態度や言葉一つ一つに振り回されてずっと混乱していた気持ちがついに弾けた。 こぼれそうになる涙が悔しくて、亮はそこで顔を背けた。 「…亮様」 鳳が濡れた目元を拭おうと手をかざす。 しかし亮はそれをパシリとはねのける。 「いらねぇ、」 言葉が終わる寸前。 鳳の腕に抱きしめられた。 身体を抱く腕に背が軋む。 前 次 Text | Top |